全線廃止から25年「都会の廃線」南海天王寺支線はいま わずかに残る痕跡をたどる(写真35枚)

梅田を目指して建設

 南海鉄道(現在の南海電鉄)は1898(明治31)年までに、大阪と和歌山を結ぶ鉄道(現在の南海本線)を開業。大阪側のターミナルは、いまと同じ難波に設けられました。ただ、和歌山側の当時の終点駅は和歌山市内の北外れに設けられたため利用者が少なく、営業成績も見込みより悪かったといいます。

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阪堺線の橋りょうの名は「天王寺線跨線橋」。この下に天王寺支線の線路があったことを示している(2018年11月24日、草町義和撮影)。

 そこで南海は「見込みちがいをもっとも手近かなところでカバーしよう」(『南海電気鉄道百年史』)と考え、天王寺支線を計画。当時、大阪鉄道という私鉄が大阪(梅田)~京橋~天王寺間の路線(現在の大阪環状線の東側)を運営しており、これに乗り入れて梅田まで直通運転しようと考えたのです。

 こうして1900(明治33)年10月26日、天王寺支線が開業。翌1901(明治34)年には、大阪鉄道の路線を引き継いだ関西鉄道と共同で、大阪駅と住吉駅(現在の住吉大社駅)を結ぶ直通運転が始まりました。客車と貨車をつないだ7両編成の列車が1時間間隔で運行されていたといいます。

 この直通列車は1907(明治40)年に廃止されたものの、天王寺支線は国鉄線へのアクセス路線として残りました。しかし戦後、大阪環状線と南海本線の交差地点に新今宮駅が開業。乗り換え客がそちらに移り、天王寺支線の利用者は大幅に減りました。こうして1984(昭和59)年11月17日限りで天下茶屋~今池町間1.1kmが廃止され、残る今池町~天王寺間1.3kmも1993(平成5)年3月31日限りで廃止されたのです。

 現在、関西空港へのアクセス改善などを目的に、なにわ筋の地下を通る新線「なにわ筋線」の建設が計画されています。これが完成すると、南海の列車はなにわ筋線に乗り入れ、JR大阪駅の北側にある北梅田駅(仮称)まで運転される予定。天王寺支線で運転されていた梅田直通列車が100年以上の歳月を経て、復活することになりそうです。

【了】

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Writer: 草町義和(鉄道ライター)

1969年、新潟県南魚沼市生まれ。鉄道趣味誌で列車の乗車ルポや幻の鉄道(未成線)の散策記などを多数発表してきた。著書に『鉄道計画は変わる。』(交通新聞社)など。趣味はアサガオ、ゴーヤの栽培。

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