見納め間近? 昭和から平成を駆けた最後の国鉄特急形電車「185系」その団体列車に乗る

特急用だけど普通列車での使用も考慮

 185系は、40年近く前の1981(昭和56)年にデビュー。このころ、東京と伊豆方面は急行「伊豆」や特急「あまぎ」で結ばれていましたが、急行「伊豆」で使われていた電車は老朽化が激しく、車両の更新が課題になっていました。そこで、国鉄は急行「伊豆」と特急「あまぎ」を統合した特急「踊り子」の運転を計画。この「踊り子」用として開発されたのが、185系(0番台)でした。

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185系は緑色の「斜めストライプ」がデザインの大きな特徴(2019年3月31日、草町義和撮影)。

 185系より前にデビューした国鉄の特急形電車は、クリームと赤の2色で塗装。これに対して185系は、白地に緑色のストライプを斜めに入れるという、従来とは全く異なるデザインで登場しました。また、ドアの幅を広くするなどして、特急列車だけでなく通勤客向けの普通列車としての使用も考慮されました。

 これにより、種別の異なるさまざまな列車での使用が実現し、運用の効率も向上。特急用と普通列車用の車両を分けて製造するより車両の数を少なくでき、製造費も節約できました。当時の国鉄は経営が極度に悪化しており、車両の製造数をできるだけ抑える必要があったのです。

 こうして1981(昭和56)年3月、普通列車や急行「伊豆」で暫定的に運用を開始。同年10月の特急「踊り子」運転開始にあわせ、本格的にデビューしました。

 その後、東京と関東北部を結ぶ特急列車や普通列車にも導入されることになり、寒さや雪に強い構造を採用した185系(200番台)が1982(昭和57)年にデビュー。車体の塗装は0番台と同じ白と緑でしたが、緑は斜めのストライプではなく、窓下を走る直線の細い帯でした。ちなみに、東北新幹線と上越新幹線が大宮駅より北の区間のみ暫定開業したときは、在来線の上野~大宮間を走る新幹線アクセス列車「新幹線リレー号」でも使われました。

 この5年後に国鉄は分割民営化されましたが、このあいだに国鉄は新型の特急電車を導入しておらず、185系が最後の国鉄特急形電車になりました。

【写真】懐かしさ満載! 185系の車内外

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コメント

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4件のコメント

  1. これ本当に走行音は113系まんまでしたよね、朝方に国道1号から馬入を渡る185系とすれ違うのが朝の儀式だったり観ても乗っても画になる列車でした。
    なにせ普通列車で充当された時にゃ飲みたくもないコーヒー買い込んで旅情緒を楽しんだりでw
    当時は空いてる日中の充当でしたが、下り大垣行きが最終便だった頃に廻された165系だったか?2ドア車は近郊区間で乗降に難儀して遅延が蔓延してましたね。

  2. 子供の頃から毎日見ていたストライプの車両もついにというか、ようやく引退させてもらえるのでしょうかね。
    185系は踊り子というよりも湘南ライナーという感じですね。良く使っています。
    全力で走っているときは会話が出来ないくらいうるさい(モーター音にハァハァするのは鉄だけ)し、
    社員旅行で使ったときはポイント通過でとんでもない揺れをして缶ビールが何本もひっくり返って大惨事になったこともあるし。
    正直思い入れなどありませんが、早々にこのボロ車が置き換えられて快適な車両になってもらえるとうれしいです。
    E257系が快適かどうかは微妙なところですが。

  3. まだ古い381をお忘れでは?

  4. 185系200番台は子供の頃からお世話になった思い出深い車両です。
    夏は沼田までこれに乗り、大清水行きの東武バスRE120に乗り換え。
    冬に草津に行くときには古さ故よく効いた暖房でくつろぐ。旅行が好きになった原点ともなった車両でした。
    引退はかなり寂しさを感じますがこれも時の流れ。秩父鉄道や大井川鐡道富山地鉄などで第二の活躍が見られることを期待したいと思います。