戦艦「大和」の一部始終 旧海軍「艦隊決戦の切札」 最強秘密兵器が東シナ海に沈むまで

21世紀のいまなお「史上最大の戦艦」の座に君臨する戦艦「大和」は、旧日本海軍の威容と落日を象徴する艦でもあります。なぜ建造され、いかに戦い、沈んだのでしょうか。最期を迎えた1945年4月7日に至るまでを振り返ります。

海軍の虎の子としての日々

 こうして新型戦艦第一号艦は1940(昭和15)年3月3日に進水、「大和」と命名されます。しかし、この時も機密を保持するために、式典は海軍関係者のみで質素に行われ、非常に寂しいものでした。

 この後、「大和」は艤装(各種装備を装着していく工事)に入りましたが、当初は完成予定日を1942(昭和17)年6月15日としていたものの、日々悪化していく日米情勢のなかで工事は早められ、結果、「太平洋戦争」開戦直後の1941(昭和16)年12月16日に半年、前倒しして就役します。

 そして、翌年の1942(昭和17)年2月12日、「大和」は連合艦隊旗艦となりました。

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1944年10月24日レイテ沖海戦にて戦闘中の「大和」(画像:アメリカ海軍)。
1944年10月25日、サマール沖を進む「大和」(画像:アメリカ海軍)。
1944年10月26日シブヤン海にて、米陸軍のB-24爆撃機から撮影された「大和」(画像:アメリカ海軍)。

「大和」は日本の戦艦として、初めて艦橋にエレベーターが装備され、さらに艦内には冷暖房が完備されていました。また海軍の艦艇搭乗員は従来、艦長などの上級者以外はハンモックで寝起きしましたが、「大和」型では全乗員(後の機銃増設による増加乗員ぶんは除く)がベッドでの寝起きとなっており、有名なラムネ製造機の装備などと相まって、「大和ホテル」などと揶揄されることもあったそうです。しかし実際は、連合艦隊旗艦に指定されたことで最前線に出ていくことがなくなり、また日本海軍自体が、いつか起きるアメリカ海軍との艦隊決戦に備えて期待の新型戦艦を温存しようと、後方の港湾や泊地に留めておくことが多かったため、戦わないことを皮肉って「大和ホテル」と呼ばれたともいわれています。

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