平成と夜行列車 豪華列車は進化、一般向けは相次ぎ廃止 二極化した30年
寝ているあいだに移動できてホテル代も浮くのが利点だった夜行列車。しかし交通や宿泊事情の変化に伴い、姿を消したり、クルーズトレインへ「進化」したりしました。平成時代の夜行列車の変遷を振り返ります。
豪華な寝台列車は「乗ること」が目的に
1988(昭和63)年9月7日、フランスのパリ・リヨン駅の案内板にフランス語で「オリエント急行・東京行き」の文字がありました。映画の撮影ではありません。フジテレビが開局30周年企画として、本物のオリエント急行を日本まで走らせたのです。日本の鉄道史において最も「バブリー」なエピソードは、これをおいてほかにはないでしょう。
フランスを出発した列車は、ヨーロッパ諸国、ソビエト連邦(当時)、中国を経由してユーラシア大陸を横断すると、香港から船で日本に渡り、広島からJR山陽本線・東海道本線を走って10月18日、東京駅に到着しました。
オリエント急行がやって来た1988(昭和63)年は、3月に青函トンネルと瀬戸大橋が相次いで開通し、日本列島が1本のレールでつながった記念すべき年でした。青函トンネル開通と同時にデビューした寝台特急「北斗星」(上野~札幌)は、専用シャワーやトイレを備えたA個室寝台「ロイヤル」や、予約制のフルコースを提供する食堂車「グランシャリオ」、ロビーカーを備えた豪華寝台列車として注目を集めます。翌1989(平成元)年7月には、「北斗星」よりさらに高級志向の日本版オリエント急行こと寝台特急「トワイライトエクスプレス」(大阪~札幌)が登場するなど、夜行列車はバブル経済の波に乗って新たな盛り上がりを見せました。
それから30年、すでに「北斗星」や「トワイライトエクスプレス」は引退しましたが、JR九州の「ななつ星in九州」、JR東日本の「TRAIN SUITE四季島(トランスイートしきしま)」、JR西日本の「TWILIGHT EXPRESS瑞風(トワイライトエクスプレスみずかぜ)」など、オリエント急行にも引けを取らないクルーズトレインが登場するなど、豪華列車の旅は平成の時代に大きく進化を遂げた文化のひとつです。
どんどん元気がなくなっていく日本に、ある意味相応しいではないか。
青春18キップでも、寝袋銀マット持ち込み駅待合室やホームの目立たない所で酒飲んで寝ちまえば何とかなる!最悪最終電車の中で寝てて起きないとかw
大阪発着の夜行列車の末期のスカスカっぷりを見ているだけに残当としか言いようがない。
北斗星だって目立つのは本来北海道でしか買えない企画乗車券を使いソロで東京から行って戻るだけの乗り鉄だけ。
存在する理由どころか意義まで無くなったんだから消えていくのは仕方ない。
存在の意義を問うなら新幹線も立派な立役者だよな?
まあ、自分は西も北も寝台を多数使わせてもらったけど仕事、観光共に重宝だったけどね。
B個室程度なら二人での出張なら満額費用も支給されてたしね