平成と夜行列車 豪華列車は進化、一般向けは相次ぎ廃止 二極化した30年

寝ているあいだに移動できてホテル代も浮くのが利点だった夜行列車。しかし交通や宿泊事情の変化に伴い、姿を消したり、クルーズトレインへ「進化」したりしました。平成時代の夜行列車の変遷を振り返ります。

【写真】先頭はデゴイチ! 大宮に来たオリエント急行

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大宮駅に来たオリエント急行。客車をけん引しているのは先頭から、この日に復活したD51形蒸気機関車498号機と、EF58形電気機関車61号機(1988年12月、恵 知仁撮影)。

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1982年、埼玉県生まれ。東京地下鉄(東京メトロ)で広報、マーケティング・リサーチ業務などを担当し、2017年に退職。鉄道ジャーナリストとして執筆活動とメディア対応を行う傍ら、都市交通史研究家として首都圏を中心とした鉄道史を研究する。著書『戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団』(2021年 青弓社)で第47回交通図書賞歴史部門受賞。Twitter:@semakixxx

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コメント

4件のコメント

  1. どんどん元気がなくなっていく日本に、ある意味相応しいではないか。

  2. 青春18キップでも、寝袋銀マット持ち込み駅待合室やホームの目立たない所で酒飲んで寝ちまえば何とかなる!最悪最終電車の中で寝てて起きないとかw

  3. 大阪発着の夜行列車の末期のスカスカっぷりを見ているだけに残当としか言いようがない。

    北斗星だって目立つのは本来北海道でしか買えない企画乗車券を使いソロで東京から行って戻るだけの乗り鉄だけ。

    存在する理由どころか意義まで無くなったんだから消えていくのは仕方ない。

    • 存在の意義を問うなら新幹線も立派な立役者だよな?

      まあ、自分は西も北も寝台を多数使わせてもらったけど仕事、観光共に重宝だったけどね。

      B個室程度なら二人での出張なら満額費用も支給されてたしね