東北・上越新幹線「200系」どんな車両だった? 雪と戦うスノープラウに雪切り装置

東北・上越新幹線に導入された200系。一見すると0系とよく似ていますが、寒さや雪と戦うための様々な対策が施されるなど、見た目からは分からない大きな変化も。車内のサービス設備も変わりました。

車内で流れた「ご当地メロディ」

 車内の座席は普通車が5列(2列+3列)、グリーン車が4列。席の間隔も0系と同じでしたが、初期の0系普通車の座席がリクライニングしないタイプだったのに対し、200系の普通車はリクライニングシートを採用して居住性が改善されました。ただ、3列席は席の間隔が狭くて回転できないため、客室の中央からそれぞれデッキのほうを向くようにシートを固定。このため、座る席によっては窓の外の景色が前方に流れていきました。

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晩年の200系(左)は塗装が変更された(2010年3月、草町義和撮影)。

 ちなみに、200系の案内放送では駅に停車する直前、その駅にちなんだ民謡や歌謡曲のメロディーが流されていました。たとえば、東北新幹線の郡山駅は『会津磐梯山』、上越新幹線の新潟駅では『佐渡おけさ』です。東海道・山陽新幹線に比べ観光客の利用が多いと考えられたこともあり、観光客誘致の一環として導入されたといえるでしょう。

 200系は1982(昭和57)年の東北・上越新幹線開業にあわせてデビュー。国鉄が分割民営化される直前の1986(昭和61)年まで追加製造されました。東北・上越新幹線の運営がJR東日本に移ったあとの1991(平成3)年には、東海道・山陽新幹線の新型100系電車に似たタイプの200系も登場。先頭がシャープな形状になり、2階建て車も導入されました。

 最高速度は開業当初は0系と同じ210km/hでしたが、追加製造された車両は240km/hに向上。さらに245km/hや275km/h(上越新幹線 上毛高原~浦佐間の下り線のみ)での運転に対応した車両も登場しました。

 こうして1991(平成3)年までに700両が製造されましたが、後継車両となるE2系電車の登場により1997(平成9)年から廃車が進み、2013(平成25)年までに全車引退。いまでは鉄道博物館(さいたま市大宮区)などに保存されている車両しか見ることができません。

 しかし、新幹線が東海道・山陽方面だけでなく全国にネットワークを広げていくうえで必須だった「さまざまな気象条件への対応」の先駆けとして、200系が果たした役割は大きかったといえます。

【了】

【写真】雪を分離! 200系の「雪切り室」

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コメント

1件のコメント

  1. 200系のデビューは東北新幹線の開業時。上越新幹線は東北との同時開業できなかったから、本記事の記載(「東北・上越新幹線開業にあわせて」)は誤り。

    量産途中以降(改造含む)、パンタグラフ減らしたり回転できる3列席にしたり先頭部の連結器を常用できる様に(山形対応)したり運転席ガラスを滑らかにしたり(もともと0系より運転席が高くて先頭形状は違ってた)、いろいろ変えてる。敢えて記事に載せなかったか?

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