旧海軍空母「赤城」の大試行錯誤 堂々の三段甲板や20cm砲はなぜ設置され撤去された?

旧日本海軍の空母「赤城」は「航空母艦」なるもののスタイルが確立されていくまさにその過程にあった艦であり、大いに試行錯誤がなされました。当初はその象徴たる三段構えの飛行甲板のほか、実は重巡洋艦並みの主砲も搭載していました。

続く試行錯誤、航空機の劇的進化も後押し

 竣工した「赤城」の独特の艦影はインパクトがあり、冒頭で述べたように当時、日本海軍のシンボルとして戦艦「長門」と人気を二分したといいます。しかし燃焼缶の交換や着艦装置の変更など、毎年のように大小の改装を繰り返し、空母黎明期の試行錯誤の苦しみは続きます。

 実際に使ってみると三段式甲板はあまり効果がなく、大型化する航空機に対して短い甲板が問題になることは確実でした。そこで長い飛行甲板がとれる全通(艦首から艦尾までさえぎるものがないこと)一段式にする大改装が、1935(昭和10)年11月から開始され1938(昭和13)年8月31日に完成します。

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1929年に撮影された「赤城」。特徴的な三段甲板の中段に20cm連装砲塔が搭載されている。甲板に並んでいるのは一三式艦上攻撃機と見られる。

「赤城」就役時に搭載したのは1924(大正13)年に制式化された一三式艦上攻撃機で、全備重量2900kg、エンジンは450馬力という布張り複葉機でしたが、1937(昭和11)年には全備重量3800kg、エンジン970馬力、全金属製単葉の九七式艦上攻撃機が登場するなど急速に大型化しており、「赤城」の改装も何とか間に合ったといえます。

 この頃になると日中戦争が勃発して情報統制が厳しくなり、この大改装後の姿はほとんど公表されず、当時国民のあいだでは、「赤城」といえば三段空母というイメージがまだ定着していたようです。

 1941(昭和16)年12月8日に「赤城」も参加して実施された「真珠湾攻撃」は、海戦の主役が航空機に移った転換点のように言われますが、当時はまだ航空機が戦艦を葬れるのかどうか、世界中の誰ひとり確信は持てていませんでした。

「赤城」は竣工時20cm砲を10門も搭載しましたが、対空火器は45口径12cm連装高角砲6基12門と、留式7.7mm機銃2挺だけでした。全通一段式に改装後も両舷の20cm単装砲は残され、25mm連装機銃14基28門が増設されただけ。真珠湾攻撃に参加した空母の中でも対空火力は一番貧弱という体で、まだ航空機への確信の無さがうかがえます。ちなみに20cm砲は、実戦ではまったく役に立ちませんでした。

【写真】並ぶとわかるその大きさ、空母「赤城」と戦艦「長門」

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