東京オリンピック道路「環七」、オリンピックであまり役に立たなかったナゾ

前回、1964(昭和39)年の「東京オリンピック」に合わせ整備が進んだ環七通り。しかし実際には、オリンピック会場へ行くためこの道を使う人はほとんどいませんでした。ではなぜ、環七がオリンピックを機に整備されたのでしょうか。

選手村は代々木ではなく、朝霞に設ける予定だった

 ではなぜ、環七がオリンピックを機に整備されたのでしょうか。謎解きの鍵は、選手村予定地の変更にあります。

 1964年の「東京オリンピック」は、1959(昭和34)年5月のIOC総会で開催が決定されました。それを受け、当初選手村を、埼玉県朝霞の米軍基地、キャンプドレイク・サウスエリア(現・陸上自衛隊朝霞駐屯地など)に計画します(1960年12月組織委員会決議)。この場合、当時未開通の環七は、羽田空港から選手村、そして選手村から各競技施設などを結ぶ超重要道路となります。都心の北西にある選手村から環七での南北の移動が必要となるわけです。

 朝霞に選手村を設けた場合、主会場から約20キロ離れていてやや遠いのですが、各オリンピック道路が整備され適切な交通整理が行われれば、自動車で約40分で行けるということで、問題なしとされました。

Large 20191010 01
ワシントンハイツ配置図。この施設を利用(一部改修)して選手村とした(国立公文書館所蔵の1962年1月付け資料より)。

 当時日本政府は、キャンプドレイクの他に、米軍の兵舎・家族用居住宿舎などとなっているワシントンハイツ(現・代々木公園など)の返還も米国に求めていました。都心にあるワシントンハイツの返還は可能性が低いと踏んでいたようですが、予想に反して1961(昭和36)年12月、米国がワシントンハイツ全面返還に応じる回答を出してきました。

 それにより選手村を代々木のワシントンハイツの地に変更します。やはり朝霞よりこちらのほうが、開会式の行われる国立競技場(神宮外苑に隣接し現在、新国立競技場が建設されている地)ほか多くの会場へ便利な立地です。

【写真】1964年10月「東京オリンピック」の様子

最新記事

コメント

記事ランキング

  1. 「USB挿しっぱ」でクルマが“故障”する? 三菱公式の投稿にSNS騒然 「一体ナゼ?」「これマジで起きるよ」
  2. 航行中の護衛艦「かが」の周辺に「巨大な海洋生物」が出現! 艦艇勤務ならではの光景を海自公式が公開
  3. 海自潜水艦 アメリカ海軍の“歴戦の揚陸艦”を標的に魚雷発射! 実弾演習で巨大な水柱があがる瞬間を公開
  4. 「断固たる措置を講じる」首都高公式ブチギレ! 「公平性を著しく損なう」非常識ドライバーに“鉄槌”…一体何が?
  5. バス運転士「辞めないで」 東京都が“給与の手当”を10年間補助! 独自の定着支援で「路線廃止」を防ぐ
  1. 家族が「SSSS航空券」を引き当ててしまった…! 乗る前から“異変” 保安検査員も「Oh…」 誰でも起こり得る“緊迫の一部始終”
  2. あと1年足らずで「現金でバス乗れなくなります」 全路線“完全キャッシュレス化”疑問に応えるサイト開設 京王バス
  3. ETCの手前で「ガシャン!」高速入口に吊るされた「黄色い鎖」の正体は? 傷つく覚悟で“あえてぶつける”超アナログな理由
  4. ロシア軍の爆撃機が「真っ逆さまに墜落」 地上に激突する瞬間を捉えた映像が公開 “巨大な黒煙”が立ち上る
  5. 航行中の護衛艦「かが」の周辺に「巨大な海洋生物」が出現! 艦艇勤務ならではの光景を海自公式が公開