超固い!でも攻撃弱い…戦車砲はじくも武装は機関銃 戦車「マチルダ」なぜ生まれたか

なにかしらの性能や用途に特化したものというのは、使いどころが肝要で、これを誤ると無用の長物になってしまいますが、それは戦車も同じようです。戦車黎明期、ひたすら防御力に特化したマチルダI歩兵戦車のたどった道のりを追います。

敵弾をはじき機関銃を撃ってノロノロ前進…そんな戦車は時代遅れ

 第2次世界大戦初頭、フランス領内を戦車やトラックなどの機動力を生かし進撃する、いわゆる「電撃戦」を展開したドイツ軍に対し、一矢を報いたのがイギリスのマチルダI歩兵戦車です。

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ボービントン戦車博物館のイベントで会場を走り回るマチルダI歩兵戦車(柘植優介撮影)。

 1940(昭和15)年5月21日、フランス北部にあるベルギー国境にほど近い町、アラス近郊で起きた「アラスの戦い」において、当時フランスに駐留していたイギリス遠征軍(BEF)は、進攻してくるドイツ軍に対して反撃を行います。このときドイツ軍が放つ銃砲弾を跳ね返し、ドイツ軍をパニックに陥れたのが、74両のマチルダI&II戦車でした。

 マチルダIとマチルダIIで、数的に主力だったのは前者です。マチルダI歩兵戦車約60両は、当時ドイツ軍が装備していた3.7cm対戦車砲弾をはじき返すほどの重装甲で、機関銃弾もしかり。そのため対峙するドイツ軍を蹂躙し、一時、イギリス側が攻勢に出るほどでしたが、ドイツ軍は対空用に装備していた8.8cm高射砲の水平射撃によってマチルダI歩兵戦車の撃破に成功、イギリス軍の攻撃は最終的には失敗に終わりました。

 作戦失敗には様々な要因がありますが、マチルダI自体の低性能も、ひとつの理由でした。ドイツ軍をパニックに陥れた戦車のどこが低性能だったのかといえば、それは極端な防御力偏重で、火力と機動力が軽視されていた点です。

 マチルダI歩兵戦車は最大装甲厚が65mmあり、当時ドイツ軍の主力であったII号戦車やIII号戦車などが30mmから35mmであったのと比べると、倍以上の厚さがありました。その一方、火力は機関銃1丁のみで、機動力は最大12.87km/hと人間の駆け足程度の速さでしかなかったのです。

 そのため、前述の「アラスの戦い」では、ドイツ軍戦車の砲弾などは防げても、戦車自体を撃破することはできず、また敵陣においても、近くのものは蹂躙できても、遠方のものは砲を積んでいないため攻撃できませんでした。

【写真】砲塔側面の目がポイント 往時の姿で展示されるマチルダI

 
    
 
    

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