先進国だったはずなのに…WW2緒戦フランス戦車はドイツ戦車になぜ大敗北を喫した?

個々の性能は優れていても連携不足が深刻だった!

 いまさら説明する必要もないかもしれませんが、ドイツ軍はフランス侵攻時、定石と目されていたベルギー、オランダ方面からの攻撃を陽動として、フランスが構築した要塞線であるマジノ線が途切れているアルデンヌの森を、機甲師団を主体とした戦力で抜け、ミューズ川を渡り、英仏海峡に到達することで英仏連合軍を包囲する作戦を選びました。

 仏独の本格的な戦車同士の戦闘は、ドイツがアルデンヌで大規模攻勢に出る直前、1940(昭和15)年5月12日から14日にかけて、ベルギーのジャンブルー近郊で行われたアニューの戦いが最初で、そして最大の戦車戦といわれています。戦闘自体は、この方面でのドイツ軍の攻勢を一時的に止めることに成功しますが、主力だったフランス第2、第3軽機械化師団のソミュア S35やオチキス H35は、ドイツ第3、第4機甲師団相手にかなりの損害を被ります。

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ソミュア S35 騎兵戦車(画像:Mark Pellegrini、CC BY-SA 2.5[https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.5]、via Wikimedia Commons)。

 数の上ではフランス側がオチキス、ソミュア合わせて400両以上、対するドイツはまともに戦力となるIII号戦車70両程度、IV号戦車が50両程度と、ドイツ側が圧倒的に劣勢でした。それでもドイツ戦車部隊が有利に戦闘を進められたのは、戦車無線の存在があります。無線機を利用した車両同士の流動的な連携により、機動面でフランス戦車を圧倒したのです。ドイツ軍は再軍備を開始し、戦車開発と同時に無線にも力を入れており、車長用に喉の振動音を直接拾う咽喉マイクをいち早く利用していました。一方、フランス戦車は無線が装備されていない車両が多く、旗信号を用いるなど、個々の車両の連携が不十分でした。

 また、フランス戦車は歩兵支援用車両という思想から抜け出せない、古い考えで作られていたのに対し、ドイツ戦車は戦車単体での動きを重視していたため、ソミュア S35を除く戦車相手ならば速力でもかなり有利で、重装甲の戦車を撃破できないまでも、機動力を活かし、履帯を狙うことで行動不能にさせました。

【写真】対するドイツの切札は…現存するIII号戦車

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