最強戦闘機ながら最後は特攻機にも「疾風」現存唯一機の“ウワサ”吹き飛ぶ 保存状態ヨシ!

太平洋戦争後半に旧陸軍が使用した四式戦闘機「疾風」。3000機以上造られた同機も、現在残る機体は鹿児島県で展示されるただ1機だけだそう。それだけのレア機、今年3月に調査報告書が出て、良好な保存状態であることが確認されました。

知覧に「疾風」が展示された経緯

 この悲惨な戦争の記憶を忘れないよう、知覧基地のあった知覧町(現南九州市)では、1955(昭和30)年に特攻平和観音像を安置する観音堂を建立し、慰霊祭を行うようになりました。この観音堂を基にして知覧特攻遺品館が整備され、1987(昭和62)年には知覧特攻平和会館としてリニューアルされます。

 さらに1995(平成7)年には、和歌山県の白浜御苑に展示されていた実物の四式戦闘機「疾風」が知覧町に有償で譲渡されたことで、同機は特攻平和会館のシンボルとなりました。

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フィリピンでの鹵獲後、アメリカ軍の試験を受ける「疾風」。「S10」と「S17」の番号を付けられた2機はオーストラリアで試験を受け、その後「S17」のみがアメリカ本土に運ばれてさらに綿密な試験を受けた(画像:オーストラリア戦争記念館)。

 現在、知覧特攻平和会館の館内で展示されている四式戦闘機「疾風」は、元々フィリピンに展開していた旧日本陸軍飛行第11戦隊で使用されていた機体(製造番号1446号)で、その後アメリカ軍に鹵獲(ろかく)され米本土に送られ調査を受けたのち、民間へと払い下げられました。

 その機体を、カリフォルニア州にあるプレーン・オブ・フェイム航空博物館を創立したエド・マロニー氏が飛行可能な状態に復元します。そして1973(昭和48)年に日本人オーナーが購入し、同年10月に航空自衛隊入間基地で開催された国際航空宇宙ショーで展示飛行を行い、日本での里帰り飛行を成功させたのでした。

 こうして、再び日本の空を舞った四式戦闘機「疾風」は、アメリカに戻ることなく富士重工業(現SUBARU)での保管を経て1978(昭和53)年に当時、京都市右京区にあった京都嵐山美術館へ売却され、しばらく同地で展示されます。しかし1991(平成3)年に同美術館が閉館すると、機体は和歌山県の白浜御苑に移されます。

 その後、1995(平成7)年に知覧特攻平和会館に譲渡の打診が始まり、正式契約後に移送と組立、クリーニング作業を経て1997(平成9)年2月より知覧で公開されています。

【貴重!】世界唯一「疾風」のエンジン&操縦室の状態ほか

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コメント

3件のコメント

  1. 最低

    広告しか無いやん

  2. 嵐山美術館から白浜そして特攻平和会館時分解組み立てをやりました。。

    気を使い、防錆処理もきっちりやり 思いを込めて担当した思い出があります。

  3. 複雑なエンジンを搭載した疾風は製造・整備が難しく、日本が劣勢になって工業力が低下してくると不調に悩まされ、飛ぶ事も難しくなっていたとか。素の性能がいいだけに残念。

    それでも、日本の戦闘機では一番好きな機体です。

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