民家で見つかった大きなプロペラ→日本製「幻の巨大機」だった! ジブリ映画にも登場90年前の姿とは

世界最大の巨人機を作る

 日本陸軍は、大型爆撃機の開発を進めるため、外国製機の導入を検討します。その結果、白羽の矢が立ったのが、ドイツのユンカース社製G.38大型旅客機でした。

 波形外板で覆われた全金属製4発エンジンの同機は全長23.2m、全幅44mもあり、当時、世界最大の単葉陸上機でした。その全幅は後に開発されたアメリカの「超空の要塞」B-29爆撃機よりも1m大きく、日本の軍用機としては近年開発されたC-2輸送機の導入まで最大クラスとなります。なお、このG.38型の巨大さは、スタジオジブリの映画『風立ちぬ』の劇中でも描かれています。

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以前に展示されていた木曽川文化資料館で見学した、巨大な木製で2枚羽根の九二式重爆撃機のプロペラ。非常に堅牢な合板製で、当時の日本の木工技術力の高さも感じられる(吉川和篤撮影)。

 1928(昭和3)年、三菱航空機(現三菱重工)はユンカース社とG.38型のライセンス契約を結び、同社の技術者も招いて日本国内での機体生産と爆撃機への改造を極秘で進めます。その結果、1931(昭和6)年には10人乗りの試作1号機が完成。前述の各務原にあった陸軍飛行場で試験飛行を行い、見事、岐阜の空を舞うことに成功しました。

 同機は旅客機から爆撃機に改造したことにより、最大速度は225km/hから200km/hに落ちていたものの、航続距離は2000kmを維持しており(G.38は最大3460km)、爆弾も通常で2000kg、最大で5000kgまで搭載できました。

 武装も7.7mm旋回機関銃8挺と20mm旋回機関砲1門を装備しており、当時としては強力なものでした。その後、同機は「九二式重爆撃機」として制式化され、静岡県浜松市にあった陸軍飛行学校で実用審査や飛行訓練に供されます。

 しかし、巨大ゆえに離着陸時の操縦が難しく、特に着陸時は斜め下側の視界不良がひどかったため、それを補うよう機首下には接地距離を目測するための長い棒を装着していたほどでした。

 また3号機以降の生産は国産部品にこだわったほか、製造コストもかさんだことなどが影響し、量産は年に1、2機程度と極めてスローペースで進められます。さらに5号機の製造中に工場が火事にもみまわれたため、結局6号機をもって生産は終了してしまいます。

【とにかく巨大!】プロペラの正体「九二式重爆撃機」の全体写真ほか

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