渋谷~原宿は「乗務員泣かせ」の難所だった 昔の山手貨物線 「絶対に煙を出すな」区間

山手貨物線にSLが走っていた頃、渋谷~原宿付近は「乗務員泣かせ」の難所でした。やや上り勾配となり、推進力を得るために石炭を多量にくべなくてはなりませんが、それが禁止されていたからでした。

D51の機関士は語る

 ちなみに、このためにとばっちりを受けていたのが、渋谷駅です。D51の機関士として同区間に乗務していた向坂唯雄(こうさかただお)は、自著『機関車に憑かれた四十年』(草思社)で次のように述べています。

「私たち山手線の缶焚(かまたき/編注:蒸気機関車の乗務員)は、恵比寿駅を通過する頃から準備をはじめ、渋谷駅でせっせとD51形機関車の缶に三菱練炭(編注:良質の石炭)を投げ込んだ。(中略)渋谷駅の電車ホームの横を走る頃には、もくもくとものすごい量の黒煙が出る」

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JR山手線の渋谷~原宿間。この付近が蒸気機関車時代、無煙区間だった(2022年11月、内田宗治撮影)。

 原宿付近の無煙区間の手前で、いわばエネルギーをチャージするために石炭をたくさんくべておくので、渋谷駅のホームで電車を待っている乗客は、風向きによっては機関車の煙をもろに浴びてしまい迷惑していたわけです。

 原宿駅の宮廷ホームは、病状が悪化した大正天皇が乗降するため、1925(大正14)年に建設されました。東京駅での乗降では衰弱した様子が人目につくので、周辺が閑散としていた同地につくられたのです。もともとは変電所への側線が設けられていた場所で、明治神宮を造営する際には、全国から貨車で送られてくる樹木などを留置する場所でもありました。

 1926(大正15)年8月、大正天皇は初めてこのホームを利用して葉山御用邸のある逗子へと向かいますが、同年12月同地で崩御。大正天皇がこのホームへ元気に降り立つことはありませんでした。

【写真】場末感のある渋谷付近を行くD51形

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