最初は木造船!? 極寒の荒波に耐えた歴代の南極観測船 やっぱりすごかった!

南極と日本の関わりは1911年に白瀬 矗(のぶ)が計画した南極探検から始まります。戦後になると定期的に観測が行われ、そこに向かう南極観測船がいくつも建造されました。極寒の荒波を進んだ南極観測船は、それぞれ逸話を残したスゴイ船ばかりです。

幸運艦から南極観測船に「宗谷」

 敗戦から10年が経過した1955年、国際地球観測年に合わせた南極観測の際に使われたのが「宗谷」でした。

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船の科学館で展示されている「宗谷」(画像:船の科学館)。

 敗戦の傷がまだ癒えていない日本にとって新型の観測船を作ることは不可能で、既存の船を流用するという形を取ります。そのなかで白羽の矢がたったのが、旧日本海軍で、特務艦を務めていた宗谷でした。

 同船は砕氷型貨物船としての機能がある上、戦時中は魚雷攻撃を受けても不発だったことで生還し、1944年2月17日と18日のトラック島空襲では、初日に回避行動をとった際に座礁し身動きが取れなくなりますが、空襲後、自然に離礁して浮くなど、幸運な艦船として知られていました。

 最新鋭の船の調達が無理ならば、その船の運の良さに賭けようとなったわけです。改修費用は約5億円。当時の国家予算は1兆円前後といわれており、かなりの大金でした。それだけ南極観測は、当時の日本にとっての重要事でした。

 1956年11月8日から1957年4月24日まで行われた観測は成功し、帰国時は大観衆に迎えられたそうです。以降、宗谷は1962年4月まで、計6回の南極観測を行います。

【すごいスペクタクル!】南極観測船で観測されたオーロラ(写真)

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