速い・安い・高性能! でも売れず 米戦闘機F-20「タイガーシャーク」各国が見放したワケ
ベストセラー戦闘機F-16を上回る性能と、軽戦闘機F-5譲りの低い取得・整備コストを併せ持ち、傑作戦闘機になり得る素質を大いに示しながら、どこの国にも採用されず消えていったF-20「タイガーシャーク」。その出自と顛末を振り返ります。
F-20の原型 F-5戦闘機って?
1980年代中頃、東西冷戦下における同盟国への援助合戦の「落し子」として、アメリカで誕生したとある高性能機が、どこの国からも採用されることなく生涯を閉じました。その名は「タイガーシャーク」。性能面でも価格面でも優れた機体だったのですが、なぜ試作に終わってしまったのでしょうか。
さかのぼること70年ほど前の1950年代末、旧ソ連(現ロシア)はその同盟国に、MiG-17「フレスコ」やMiG-19「ファーマー」といった戦闘機を供給するようになりました。そこでアメリカは、これらに対抗できる機種を西側同盟国に供給する必要に迫られます。しかし、機密保持の観点からアメリカが装備する最新鋭ジェット戦闘機を供給できる同盟国は限られており、しかも最新鋭機ゆえに供与先(同盟国)にも相応の高度な整備能力が求められるという難点を抱えていました。
そこでアメリカは、ソ連の同盟国が保有するMiG-17やMiG-19に対抗できるだけの性能を備え、整備が容易で安価な戦闘機として、ノースロップ社(現・ノースロップ・グラマン)が開発したF-5A/Bを採用。自由主義陣営を象徴するような「フリーダムファイター」なる愛称を与えて、技術面で遅れのある発展途上の同盟各国に供給し、好評を博します。
その後、ソ連が同盟国へより高性能な新型機MiG-21「フィッシュベッド」の供給を始めたため、F-5A/B「フリーダムファイター」も性能向上型のF-5E/F「タイガーII」が開発され、アメリカの同盟各国へはこちらが後継機として引き渡されるようになりました。
F-5E/Fは、F-5A/B同様、維持・整備コストが低廉ながら高性能ということで好評を博します。やがてその優秀さにアメリカ海軍なども目を付け、のちにアドバーサリー部隊、いわゆる仮想敵部隊(アグレッサー)などでも運用されました。
軍需産業と政治の癒着の弊害を軍人上がりのアイゼンハワー大統領が警告を発してたが現実的には硬貨の裏表で切り離して事を進める事は不可能なんです!
人類の知恵が生活の向上と言いながら反面確実に破滅の方向に向かっているのも同じ事!