A-4やF-16と生みの親一緒! ドデカ艦載機A-3が万能だったワケ 「ちょっと小さめにした」その先見の明とは
民間機に転用された機体は2011年まで現役
なお、ハイネマンが予想したとおり核兵器の小型化は進展しましたが、核攻撃機としてのA-3は短期間で終焉を迎えます。さらに高性能なマッハ2級の核攻撃専用艦載機ノースアメリカンA-5「ヴィジランティー」が就役したからです。この影響を受け、A-3は他の任務を与えられます。その一つが、通常爆弾を搭載してのベトナム戦争への参戦でした。
しかし、A-3「スカイウォーリアー」から核攻撃任務を引き継いだA-5「ヴィジランティー」も、潜水艦発射弾道ミサイルが実戦配備されると核攻撃任務から解かれ全機が偵察機に転用されました。しかも汎用性に乏しかったからか、A-3より早く1979年には全機が退役しています。
一方、A-3は艦載機でありながら大きな機内スペースと搭載量を持っていたため重宝されました。攻撃型からの改造も含めて、偵察型、電子戦型、空中給油型など多くの派生型が生み出されています。加えてベトナム戦争中は、神奈川県の厚木基地を拠点に電子情報収集にも用いられていました。さらに一部の機体はヒューズ社(後のレイセオン社)に貸し出されミサイル開発用のテストベッドとして20年以上も使われています。
とはいえ、さすがに老朽化もあって、A-3は湾岸戦争を最後にアメリカ海軍から退役しました。しかし、レイセオン社は海軍が運用していた機体を買い取り、民間登録機として2011年まで運用しています。
こうしてつい最近まで飛び続けていたA-3「スカイウォーリアー」。飛行可能な状態で最後まで維持されていた機体はフロリダ州の海軍航空博物館で展示保存されています。
【了】
Writer: 細谷泰正(航空評論家/元AOPA JAPAN理事)
航空評論家、各国の航空行政、航空機研究が専門。日本オーナーパイロット協会(AOPA-JAPAN)元理事
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