「角目ライト」一筋44年!? “衝撃のカクカクスクーター”はかくしてホンダのロングセラーになった

1970年代後半から1980年代にかけて盛り上がった原付スクーターブーム。その中でホンダが世に送り出したのがリードです。当時としては近代的なカクカクライトの角目が特徴の初代からはじまり、その系譜がたどった紆余曲折の歴史を振り返ります。

タクトの上位モデルとして「年間販売計画18万台」で登場

 1977(昭和52)年に発売となったヤマハ・パッソルが火付け役となった原付スクーターブーム。1970年代後半から1980年代は各社から多種多様な原付スクーターが登場し、そして姿を消していきましたが、そんな中で長寿モデルになったのが1982(昭和57)年に初代モデルが発売されたホンダ・リードです。

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1982年に発売された初代リード(画像:ホンダ)。

 当時としては近代的に感じる「角目ライト」が特徴のスクーターで、初代発売から44年が経過する今もなお、シリーズモデルが現役で発売され続けています。

 1980(昭和55)年、ホンダは「ヤマハ・パッソルへの対抗馬」としてタクトを発売しました。パッソルのやや脆弱に感じる機構を上回る機能を搭載させたモデルで、大ヒットに至ります。そのタクトの兄貴分的なモデルとして1982(昭和57)年に発売されたのが初代リードでした。2ストロークエンジンで50ccと80ccの2つの排気量をラインナップし、あらゆるニーズに呼応しようとしていた思いがうかがえます。なお、この50cc・80cc発売の7か月後にはリード125も追加されました。

 タクトは直線を多用したデザインで角目ライトのスクーターでしたが、リードはさらにカクカクした印象です。ヘッドライト・ウインカーは一体型となり、どことなくカウルっぽいスポーティなルックスで、一度見ると忘れられなくなるような個性的な外観でした。

 初代リードの年間販売計画はなんと「18万台」と、ホンダのヒットの確信を感じます。実際、リードの個性的なデザインや十分な機構は、当時の原付市場を支えていた10代の若者たちにウケないはずがなく、大ヒットに至ります。

 初代発売の翌年1983(昭和58)年には、出力性能を高めたリード50Sが発売されます。さらにレギュラーモデルのリード50も同年にマイナーチェンジし、シリンダーのポート形状や、マフラー形状の変更によって燃費性能などを向上させます。さらに、スクーター初の液晶式メーターを装備したことで注目を浴びた、派生モデルのリーダー50も発売されました。

 余談ですが、なぜこの短い期間に上位モデルや派生モデルを発売したり、マイナーチェンジを行ったりしたのかは、おそらく当時ホンダとヤマハとの間で熾烈なシェア争いがあった「HY戦争」の影響ではないかと思われます。この時代は、ホンダ・ヤマハ双方とも「ライバルに絶対負けない」とばかりに、毎週のように新モデルを発売していた時代です。

「ホンダ製の主力スクーター」を目指していたリードは、なんとしてもヤマハに負けるわけがいかなかったように感じます。

【画像】リードがたどった44年の歴史を画像で振り返る

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