三セクの「優等生扱いでした」――なぜ苦境に? 約50kmの鉄道3路線は消えてしまうのか 存廃議論が大詰め「平成筑豊鉄道」

赤字経営が恒常化した福岡県の第三セクター鉄道、平成筑豊鉄道がバス転換の岐路に立たされています。かつて「三セクの優等生」とされた鉄道が転落した背景を探りました。

当初は「攻めの経営」を打ち出すも…

 平成筑豊鉄道は旧国鉄の赤字3路線だった伊田線、糸田線、田川線(営業キロ計49.2km)をJR九州から引き継ぎ、1989(平成元)年10月に運行を始めました。元号の平成を社名に冠した鉄道会社は唯一です。

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運行中の平成筑豊鉄道400形(大塚圭一郎撮影)

 3路線はいずれも非電化路線で、ディーゼル車両を走らせています。これらの路線は、沿線地域で「黒いダイヤ」と呼ばれた石炭が産出されていた明治時代に石炭を運ぶために建設されました。しかし、炭鉱の閉鎖を背景にした沿線からの人口流出で利用者が落ち込み、旧国鉄の廃止対象となりました。

 この際に福岡県と沿線自治体は3路線いずれも鉄道として維持することを決め、福岡県と沿線自治体が出資する三セクとして開業しました。発足当初はJR九州時代に比べて旅客列車の運転本数を増やし、新駅を順次開業する「攻めの経営」に打って出ました。

 転換から3年目の1992年度に利用者数は約342万人とピークを迎え、国鉄時代を上回り、国鉄の赤字路線を引き継いだ三セク鉄道の不振が目立った中では「優等生扱いでした」(元平成筑豊鉄道幹部)。

 しかし、二つの逆風が平成筑豊鉄道の経営を揺るがします。一つは2004年の貨物輸送の廃止です。

 発足当初の1990年度の貨物輸送収入は約2億2000万円に達し、旅客輸送の恒常的な赤字を穴埋めしていました。ところが2004年にセメント輸送が終了したことで貨物輸送が廃止され、重要な収益源を失いました。

 もう一つは、炭鉱閉鎖などを背景にした過疎化と、マイカー利用によって歯止めがかからない輸送人員の減少です。2024年度の輸送人員は約125万人と、発足当初の3分の1超まで落ち込みました。

 勤務先の福岡支社在任中に全線を乗った筆者(大塚圭一郎:共同通信社経済部次長)は福岡県を再訪し、田川線の全区間に乗車しました。

【路線図】これが「鉄道案」「バス案」の比較です(画像/写真)

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コメント

3件のコメント

  1. 駅前利権のない所に行政・学校・病院が提携して開発しそこに駅を作れば

    その駅を利用する一定数の乗客は確保できたろうにね

    既存の駅前を再開発したくとも利権や抵抗で面倒だし

    何も無かった所に通したバイパス沿いに新市街地ができちゃうのも仕方ない

  2. 三セクは観光資源を直接開発するのが難しいからしょうがないね

  3. 結局、この記事では、3セクとして開業して以降の変化として、

    廃止に追い込まれる理由は何と主張(説明)しているのだろう?

    書かれている内容では、2004年という貨物輸送(セメント)の

    廃止(による収入減)。これ(だけ)?