115年の線路を切断「留萌本線を路線図から消し去った日」を追った 代替バスは運賃1.8倍
北海道のJR留萌本線 深川~石狩沼田間が2026年3月31日をもって廃止されました。翌4月1日からは代替バス「きたそライナー」が運行を開始。一夜にして激変した沿線の様子を追いました。
旧駅舎の活用に期待の駅も! 3年前廃止区間は「ほぼそのまま!?」
次の旧北秩父別は「秘境駅」としてその名が知られていた、1両ぶんにも満たない板張りのホームをもつ駅です。こちらも駅標は撤去され、板張りの一部は剥がされていました。以前は掘っ立て小屋の木造待合室も立っていた同駅でしたが、木造待合室は2022年6月に基礎部分が傾き、老朽化を理由に取り壊されました。その後に町が待合室を設置したものの、近く撤去が決まっているそうです。
そして終着駅となっていた旧石狩沼田駅へ向かいます。駅舎は1972年6月の札沼線新十津川-石狩沼田間の廃止から4か月後、1972年11月に改築されたものです。留萌本線の廃止で沼田町から全ての鉄道がなくなりました。
当の駅舎は今後「町の駅」として整備される予定で、本来撤去されるはずの駅看板も廃止当日、最終列車発車後に「JR」の看板のみが外されるにとどめていました(駅標も撤去)。沼田町は、1889年製で1962年まで石炭貨車をけん引していた日本最古参の小型蒸気機関車クラウス15号も保存しています。旧駅舎を含むこれら鉄道遺産を有効に活用してもらいたいと筆者は期待しています。
旧石狩沼田駅の到着が、ちょうどお昼を回ったところだったので、路線名ともなっていた留萌へと足を延ばしてみます。留萌―石狩沼田間は3年前、2023年3月で廃線となりました。当時存在していた6つの旧駅も再訪してみました。
前述した旧峠下駅は倒壊後に取り壊されてしまいましたが、その他の旧真布、恵比島、幌糠、藤山、大和田駅舎は駅看板および駅標は撤去されていたものの、木造駅舎や緩急車改造の簡易待合室はそのまま残されていました。また、バイパス道路の敷設で早々に取り壊しが噂されていた旧留萌駅も、1967年改築の“ザ・国鉄建築”と呼ばれた武骨なコンクリート駅舎がほぼ放置状態で現存していました。
ちなみに、2016年に廃止された増毛―留萌間の駅舎は、観光施設として残りましたが、旧増毛駅以外の7つの旧駅(瀬越・礼受・阿分・信砂・舎熊・朱文別・箸別)は、跡形もなく更地となっていました。
廃止後の駅舎の処遇は、各自治体によって様々です。かつて留萌駅の名物“駅そば”で、廃止後に道の駅るもいへ移転オープンした「むさし家」のにしんそばをすすりながら、今後の動きにまだまだ目が離せないと感じた筆者でした。
Writer: 坪内政美(スーツの鉄道カメラマン)
1974年生まれ、香川県在住。いつでもどこでもスーツで撮影に挑む異色の鉄道カメラマン・ロケコーディーネーター。各種鉄道雑誌などで執筆活動をする傍ら、予土線利用促進対策協議会のアドバイザーやテレビ・ラジオにも多数出演するなど、鉄道をワイフワークに活動している。著書に「鉄道珍百景」「もっと鉄道珍百景」「駅スタンプの世界」「100万キロを走ったセドリック」(いずれも天夢人刊)がある。





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