台湾の鍾乳洞の奥地で新発見された「旧日本兵の生々しい“落書き”」を見てきた 切羽詰まった“最後の叫び”とは?
台湾南部の高雄市にある鍾乳洞で、太平洋戦争末期、空襲から逃れた兵士たちが遺したとみられる生々しい痕跡が見つかりました。切羽詰まった状況を伝える、静かな証拠です。
追い詰められた日本兵が自らを鼓舞するために書いた「祝皇軍」「連戦連勝」の文字
孟さんはここでヘルメットを被り、鍾乳洞の中へ案内してくれました。寿山自体がサンゴ礁の隆起によって形成される石灰岩の山であり、「猩猩洞」もまた、ウネウネとした自然美あふれる洞内です。洞内は実に涼しく快適で、夏場はとにかく暑い高雄の外部とのギャップに感動を覚えるほどです。
しかし、孟さんは「この鍾乳洞の興味深さはこれだけじゃない」と、さらに奥へと進んでいきます。鍾乳洞の入り口の穴から50mほど進んだところの一番奥の壁に辿り着くと、孟さんはペンライトで壁を照らしました。そこには無数の日本人、韓国人(韓国藩兵)とおぼしき名前がありました。
その中には「祝皇軍」「連戦連勝」といった文字もあります。「戦後、誰かが書いた落書きではないか」と見ることもできますが、前述の通りこの鍾乳洞は近年まで厳しく制限・管理されていて、今も自由に行き来できるところではありません。
そんな経緯から、これらの落書きは80年以上前に書かれたものだとされ、これもまた前述の「⾼雄⼤空襲」が起きた1944年から1945年の時代とも合致しています。
ちなみに、台湾は日本と全く同じ漢字・言葉を使うことはありますが、ここで書かれた「連戦連勝」という言葉は、終戦後(日本統治が終わった後)の台湾では使わない言葉だと、孟さんは言います。
つまり、この落書きを書いたのは当時の日本兵たちであり、「高雄大空襲」で追い詰められた日本兵たちがこの洞窟に逃げ込み、切羽詰まって、あるいは死を覚悟し、自分の名を遺すべく書いた「落書き」だったことがうかがえます。
まだまだ他にもある「高雄の知られざる歴史遺構」
元中華民国軍人でもある孟さんは、当時の日本兵たちの心情に寄り添い、「追い詰められ、この鍾乳洞の中で、自分の名や日本軍への忠誠心を最期まで残そうとした彼らの気持ちを想像すると、とても切なくなる」と話します。同時に、こういった日本人が遺した遺構や、日本兵たちによる痕跡を「目に見える歴史」「体験できる歴史」として未来にも継承していくべきだとも言い、そんな思いもガイド活動を行う源だと語っています。
どの時代、どの国でも「軍の施設」は、当然一般には知らされないものが多くあります。日本統治時代、台湾屈指の軍事拠点だった高雄もまた、誰にも知られることなく今日に至っている遺構がまだまだ多くありそうです。孟さんは日本語堪能でもあることから、日本人向けにも「高雄の知られざる歴史遺構」を案内しています。
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Writer: 松田義人(ライター・編集者)
1971年、東京都生まれ。編集プロダクション・deco代表。バイク、クルマ、ガジェット、保護犬猫、グルメなど幅広いジャンルで複数のWEBメディアに寄稿中。また、台湾に関する著書、連載複数あり。好きな乗りものはスタイリッシュ系よりも、どこかちょっと足りないような、おもちゃのようなチープ感のあるもの。





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