失われた「日本三大車窓」の遺構が国道沿いに点在! まるで“鉄道博物館な峠”をめぐる 2年前の廃線も草に埋もれ
明治時代、北海道開拓の大動脈として建設された根室本線の「狩勝峠」越え区間。国道沿いには、かつて「日本三大車窓」に数えられた鉄道の遺構が多く残っています。
「峠の手前」から遺構だらけ!
南富良野町の落合駅はかつて狩勝峠を越える機関車(補機)が配置されていた駅です。新狩勝トンネルの開通で“峠越えの基地”としての役割を終えたのちも、根室本線の駅として、2024年まで営業を続けていました。現在は駅舎、跨線橋が残るのみですが、広い構内が往時の繁栄を物語っています。
この落合駅跡から東に進み、いったん国道38号からわかれて道道1117号を進みます。約4km南下すると、道道は上下線が別れ、それぞれが鉄道のガードをくぐります。このガードが、根室本線の廃線跡です。さらにその先で左の小径を上がると、上落合信号場につながる新狩勝トンネルの坑口を間近に見ることができました。
あらためて国道38号に戻り、狩勝峠を目指します。狩勝峠までの区間では、峠の手前の右にほぼ90度曲がるカーブの付近に、旧狩勝隧道の坑口があります。
これが狩勝線の「大カーブ」か…!
さらに峠を越えたところには「新内沢の大築堤」「新内隧道」が残されています。ただ現地を訪れた日はあいにくの悪天候で視界が悪く、またヒグマの出没も懸念されたことから、近づいての確認はできませんでした。しかしここから新得町側に峠を下ると、いくつもの保存された遺構を目にできます。
まずは国道38号で「サホロリゾート」入口を過ぎてすぐ右手に入ったところにある「新内駅跡」です。ここは駅の跡が園地として整備され、かつてのプラットフォームにはSL「59672」(9600形59672号機)と20系客車3両が留置されています。さらにここから奥、「サホロカントリークラブ」の方向にクルマを進めると、未舗装の道路が二手に分かれます。右に進めば、かつて撮影スポットとして人気を博した「旧狩勝線大カーブ」です。
新内駅跡から狩勝線の廃線跡はさらに大きなS字を描いて新得駅方面に下りていきますが、国道38号はこの区間をゆるやかなカーブで短絡します。狩勝線が廃線後に実験線として使われていた名残りの「旧狩勝実験線無線鉄塔」を右手に見るあたりから、廃線跡は国道38号と並走し、その距離を徐々に詰めてきます。
そして新狩勝トンネルを抜けた石勝線がこの廃線跡に並行するあたりにもうけられているのが「新得町SL広場」です。広場の一角には、その名が示す通りD51形95号機が保存されており、美しい姿を現在に伝えます。
じつは新内駅跡からこのSL広場までは「狩勝ポッポの道」として整備され、廃線跡を歩くことができます。その姿は静謐で美しく、緑豊かな時期にはぜひ歩いてみたいと思わせる雰囲気にあふれています。
この旧狩勝線の廃線跡には、今回ご紹介したもの以外にも、石積みやレンガ積みのアーチ橋などの歴史的遺産が数多く残されています。北海道の開拓のため、大自然と戦ったその痕跡を、ぜひ訪ねてみてはいかがでしょうか。
Writer: 植村祐介(ライター&プランナー)
1966年、福岡県生まれ。自動車専門誌編集部勤務を経て独立。クルマ、PC、マリン&ウインタースポーツ、国内外の旅行など多彩な趣味を通し積み重ねた経験と人脈、知的探究心がセールスポイント。カーライフ系、ニュース&エンタメ系、インタビュー記事執筆のほか、主にIT&通信分野でのB2Bウェブサイトの企画立案、制作、原稿執筆なども手がける。





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