名古屋駅のホーム階段にある「謎のガラス板」正体は? 戦争中の暗闇を照らした“歴史の語り部”の秘密
中部地方の一大ターミナルである名古屋駅。実は7・8番線ホームの階段の隅には、戦時中の「灯火管制」下で人々の足元を照らした「蛍光タイル」が今も残っています。駅の歴史を静かに物語る遺産を見てきました。
名古屋駅にある「蛍光タイル」とは?
全国屈指の利用者数を誇る名古屋駅。東海道新幹線の主要な停車駅のひとつであるとともに、中部・東海地方における最大級のターミナル駅でもあります。
長きにわたって愛知県内の交通結節点として活躍してきた名古屋駅ですが、その歴史の深さを物語る遺産が、駅構内の階段部分に残っています。蛍光タイルを埋め込んだ、いわゆる「光る階段」です。
そもそも、名古屋駅の原型ができたのは1886年です。当時は「名護屋停車場」と呼ばれる官設鉄道の駅で、現在の駅より200 mほど南方に設けられていました。翌1887年になると、今の名古屋駅に改称します。
当初、駅付近は名古屋市の中心から外れた郊外に位置していましたが、駅が開設されると人々が集うようになったことで、市の中心街になっていき、おのずと賑わうようになりました。そして1937年に名古屋駅は現在の場所へと移転。この駅舎は地上6階、地下1階という大きなサイズであり、東洋一の規模とも言われたそうです。
しかし、その4年後には太平洋戦争が勃発。戦争後半になると名古屋市でも空襲の被害が増加します。
特に1945年3月19日の名古屋大空襲では市全域が被災。完成してまだ数年の名古屋駅にも攻撃があり、鉄筋コンクリート製だった駅が焼け落ちるほどの被害を受けました。駅舎が炎に包まれる様子は遠方からでも確認できたそうです。





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