「東京オートサロン」の変遷とは 改造車の祭典はどのように市民権を獲得してきたのか

1980年代の「オートサロン」はどんな感じだった?

 ところで、「東京オートサロン」が始まったばかりの1980年代はどんな様子だったのでしょうか。「東京オートサロン」がまだ「東京エキサイティングカーショー」と称していたころ、その第2回開催の1984(昭和59)年からほぼ毎年「オートサロン」を訪れている自動車部品輸入業の河野一彦さんは、最近の傾向について「ひと言でいうと、中身重視から見た目重視になりました」といいます。

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1984年の「第2回エキサイティングカーショー」にて、当時高校生だった河野さん。30年以上オートサロンに関わっている。

「BMWとBMW ALPINAの違いがわからない人にも楽しめるイベントになったと言えます。マニア向けの改造車のショウという位置づけから、多くの人がわかりやすいイベントになったことで認知度もあがり、来場者も増えましたね」(河野さん)

 1984年の会場にはRE雨宮(千葉県富里市)の、雑誌『オプション』開催「第1回国産最高速テスト」で1位になった「RX-7」(最高288km/h)も展示されました。RE雨宮はレース活動でもその名を広く知られるチューニングショップです。

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1984年開催「第2回エキサイティングカーショー」の様子。写真は河野一彦さん提供。

 筆者(加藤久美子:自動車ライター)は「東京オートサロン」と名前を変えた翌年、1988(昭和63)年開催の第5回に、実は同時期に開催されていた「東京外車ショウ」と間違えて会場を訪れたのが最初でした。バブル時代の始まりといえる頃で、ドイツのチューニングメーカー、ケーニッヒのクルマが大挙して出展されたのをはじめ、高級外車がどっと増えた年でもありました。

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コメント

1件のコメント

  1. 改造車の人気は根強い事までが分かった