かつては路面電車、ナニワの路線バスなぜ衰退 いまやわずか2往復の阪神バス北大阪線

昭和に廃止された路面電車の代替として運行を開始した阪神バスの北大阪線。かつては頻繁にバスが走っていましたが、いまや1日2往復だけの区間も。大阪の市街地を走るにも関わらず、なぜここまで落ち込んでしまったのでしょうか。

路面電車の廃止代替バス「北大阪線」

 鉄道路線が廃止されバスに転換する際には、輸送力が異なることから、従来より多い本数のバスが設定されることがあります。軌道線(路面電車)の廃止代替バスとして誕生した阪神バス北大阪線もそういった路線でしたが、その事情が年々変わってきています。

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阪神バス北大阪線の終点、天神橋筋六丁目。かつてあった路面電車の代替路線(画像:oleolesaggy)。

 北大阪線のバスは、阪神と大阪メトロ、JR(海老江駅)が接続する野田駅(野田阪神)と、阪急と大阪メトロが接続する天神橋筋六丁目駅(以下、「天六」と表記)とのあいだを15分ほどで結びます。起終点となる両駅とも、1日の乗降客数が関係各社合計で5万人を超える大きい駅どうしであるうえに、バス路線の沿線には、阪急と大阪メトロの中津駅や、再開発の著しい茶屋町、北野など、人通りの多いエリアもあります。

 1975(昭和50)年までは、ほぼ同じルートで阪神電鉄が路面電車の北大阪線を運営していました。廃止前年の時刻表によると、朝ラッシュ時は4~5分ごと、日中でも1時間に4本程度と本数も多く、ゲタ履きで気軽に乗れることから「ゲタ電」と呼ばれ親しまれていました。乗客も非常に多かったためか、他都市の路面電車と違って最後までワンマン化も行われていません。

「ゲタ電」が廃止された直後の代替バスは、朝夕の混雑時には3~5分ごと、日中15分ごとで、全線通し運行の便と区間便が設定されていました。しかし、30数年を経た現在、全線を通した運行は、朝夕それぞれ1往復ずつのみとなっています。ほかのバスも並行する野田~中津間の区間便は1時間あたり1~2本が運行されていますが、中津~天六間は、大型の商業施設やオフィス、総合病院などがあるにもかかわらず、日中にバスが運行されなくなっているのです。

 なぜここまでバスの本数は減ったのでしょうか。それは、沿線の「人の流れ」が変わってきたことが背景にあります。

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コメント

3件のコメント

  1. いいですなあ

  2. 天六の交差点で唐突かつ不自然な一方通行になってるのも痕跡っちゃあ痕跡か。
    これもいずれ改良されてしまうのかね?

  3. 大淀地区と野田阪神の輸送で大阪シティバスと競合しているのも原因の一つでしょう