貨物列車が真横を通過 鉄道名所「赤川鉄橋」おおさか東線の工事でどうなった(写真17枚)

同じトラス桁のなかで鉄道と歩道が「同居」していた大阪の「赤川鉄橋」。貨物列車を間近で撮影できる「鉄道名所」としても有名でした。この橋を通る新しい鉄道路線「おおさか東線」の工事が進む現在、「同居」はどうなったのでしょうか。

約90年前に架けられた歴史ある鉄橋

 琵琶湖から京都、大阪を抜けて瀬戸内海に流れ出ている淀川。下流の大阪市内では幅が約700~800mにおよび、大阪市の北部と南部を結ぶ長い橋が多数架けられています。

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淀川橋りょう(赤川鉄橋)を走る城東貨物線の貨物列車(2018年9月、伊藤真悟撮影)。

 その橋のひとつ「城東貨物線淀川橋りょう」(大阪市東淀川区、旭区)は、とてもユニークな橋として知られていました。路線名からも分かるように、本来は貨物列車が走る橋。ところが、線路のすぐ脇には歩行者のための通路が設けられ、一般に開放されていたのです。

 城東貨物線は、東海道本線(JR京都線)と関西本線(大和路線)とのあいだで貨物輸送を行うために建設された路線。吹田貨物ターミナル駅(大阪府吹田市、摂津市)から片町線(学研都市線)の鴫野(しぎの)駅(大阪市城東区)を経由して、関西本線の平野駅(大阪市平野区)にいたる貨物線です。

 この貨物線内にあるのが淀川橋りょうで、左岸(南側)にある地名をとって「赤川鉄橋」とも呼ばれています。18個のトラス桁が連続した全長約600mの鉄橋で、1929(昭和4)年に城東貨物線の建設にあわせて橋が架けられました。今年で89年が経過します。

 城東貨物線は建設当初から上下線がある複線での運転を想定して建設され、赤川鉄橋の橋脚やトラス桁も複線分の幅で構築されました。ただ、開業当時は複線が必要になるほどの貨物輸送量がなかったため、トラス桁内の下流側(西側)のみ単線の線路を敷設。上流側(東側)の線路を敷設するスペースには木製の板を敷き、人や自転車が通れるようにしたのです。

 鉄道線路のスペースを一般に常時開放するケースは非常に珍しく、貨物列車が走る姿を間近に見られるということもあって、貨物列車撮影の「名所」にもなっていました。

 しかし、城東貨物線を使って新しい旅客線を整備する構想が1950年代に浮上。新大阪駅から城東貨物線に合流する新線を建設し、合流地点から関西本線の久宝寺駅(大阪府八尾市)までは城東貨物線を電化(電気を列車に供給する架線を設置)、複線化することになりました。

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5件のコメント

  1. 貨物用線路に旅客列車を走らせるとしても、貨物列車が走れる機能自体は残しておくべき。

    この記事では関係ないが、廃止路線復活及び路線新設の際、「踏切」の設置も必要最小限の箇所に限って認める という法律省令上の考え方が必要だと思う。

  2. あまりにも救済の無いサービス低下ですね。やはり直近に人道橋の新設とかお願いしたいという地域の声は無かったのでしょうか。(撮り鉄以外)誰も歩かない歩道だったのですかね。

    • 都市計画関連の資料見てからコメントしてよね。

    • 何だろう、「この普通資料見るだろ?」感。

  3. 子どもの頃、守口に住んでて、たまに遠出して歩いて渡ってたなぁ。今はもうだめなんですね。