ティーガーI戦車の源流か ドイツWW2初期の重装甲「軽」戦車 期待された役割とその顛末
第2次世界大戦期のドイツ戦車ティーガーIには、これを彷彿とさせる先行車両がありました。ただし武装は貧弱で、戦車の定義を問いただしたくなるようなものです。防御に振り切った軽戦車で、ドイツはなにをしようとしていたのでしょうか。
言うなれば「ミニティーガーI」
ひと口に「戦車」といっても、第2次大戦終わりまではその装甲や武装などにより大まかに重戦車、中戦車、軽戦車と分類されていました(現代戦車ではこの分類はあまり使われない)。そして「軽戦車」といえば装甲は薄く、武装も強力ではない一方で機動力に優れる、というのが一般的なイメージでしょう。ところが第2次世界大戦期のドイツ軍は、軽戦車である「I号戦車」「II号戦車」にトンデモ派生型を作ってしまいます。「I号戦車F型」と「II号戦車J型」と呼ばれています。
目を引くのはそのフォルムです。ドイツ戦車独特の車輪(転輪)を重ねる複雑な挟み込み式で、履帯(いわゆるキャタピラ)幅も太い500mm。厚い平板圧延装甲を組み合わせた角ばり厳つい車体は、のちに登場する「ティーガーI(VI号戦車I型、タイガー戦車)」を彷彿とさせ、とても軽戦車には見えません。「ミニティーガーI」とも呼べるような凄みさえあります。
ティーガーIは強力な88mm戦車砲を搭載していますが、I号戦車F型の武装は7.92mm機銃2丁のみ、II号戦車J型は20mm機関砲と7.92mm機銃という貧弱さです。対戦車戦闘など、とてもおぼつきません。厳つい車体に貧弱な武装というとてもアンバランスな戦車でした。ドイツは「ミニティーガーI」で何をしようとしていたのでしょうか。
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