首都圏の私鉄がつくった遊園地 各社の様々な思惑とその歴史 多くが閉園した理由とは

遊園地の建設 発端は阪急の創始者 小林一三

 このほか1922(大正11)年開園の「あらかわ遊園」(最寄り停留場 都電荒川線荒川遊園地前、2021年夏ごろまで休園中)もぜひふれておきたいものです。現在は荒川区営ですが、都電荒川線の前身にあたる王子電気軌道が経営していた時代があります。

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京王沿線の絵図。自社の京王閣が強調して描かれている(画像:昭和5年『京王電車沿線名所図絵』吉田初三郎)。

 大正から昭和初期に、各私鉄が遊園地を建設したのは、第一に遊園地を訪れる人たちによる乗客増、第二に沿線のイメージアップを図り沿線の居住者を増やすこと、第三に鉄道収入以外でも利益増を図ることなどが挙げられます。休みの日は電車に乗って家族そろって遊園地へ、といった都市社会の生活スタイルを、鉄道会社が創出していったわけです。

 これらは、阪急グループの創始者 小林一三の発案で、箕面有馬電気軌道(現・阪急電鉄)が行った宝塚の開発に影響を受けたものでした。湯治場的温泉地だった宝塚に、1911(明治44)年、大理石造りの大浴場と家族向けの温泉施設「宝塚新温泉」を開場、1924(大正13)年には遊園地と大劇場を開設し、大きく発展させています。

 宝塚は武庫川に面していますが、二子玉川園、多摩川園、京王閣も多摩川のすぐそばに建設されています。としまえんは、園内を石神井川が貫いています。そのほか川沿いの丘の上に向ヶ丘遊園(多摩川)、兎月園(白子川)、海辺に谷津遊園、海沿いの丘の上に花月園が建設されるなど、いずれの施設も川や海の風向明媚な地に立地させているのが特徴です。

【写真】懐かしの「向ヶ丘遊園」の風景

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コメント

7件のコメント

  1. デ ィズニーと京成との関係に触れないのも不自然ではないか? 浦安の遊園地は米デ ィズニーの直営では無く、フランチャイジーは確か電鉄系列のデベロッパーだったはずだが。

  2. 名鉄以西の話はまだですかね。「ひらパーはTSUTAYA(創業者の祖父の会社)が作った」とかも面白いですよ?(T-SITE事業も触ってる会社の登記上本店は創業者祖父が手掛けた創業者氏実家だったりします。なかなか風情ある建物です)

  3. 閉園した理由が全く語られていない。羊頭狗肉。タイムリーな話題としてとしまえん閉園の理由くらいあってもよいのでは?何も取材していないことがよくわかる。

  4. 「黒船の東京ディズニーランド」って、京成電鉄がオリエンタルランドとして幹部人材を送り出して成り立った記述がないところや(OLCは民族系=日本企業であることを誇りとしている)、東武ワールドスクウェアがあってドリームランドやよみうりランド旧水族館閉園へのトリガーとなった横浜八景島シーパラダイス(西武鉄道・コクド主体で京急も当初出資)の記述がなく昭和にフォーカスしているあたり、残念ながらインタビューせず図書館にある社史をまとめただけなのかなぁと思いました。

  5. 西武が・・・と思ったらアレ埼玉になるのね。前駅は都内なのに。
    谷津遊園は子供の頃よく行きました。懐かしいね。

  6. これはまた粗末な記事ですね…

  7. 御殿場があるなら富士急ハイランドを挙げてもよいんじゃなくて?
    経営者の富士急行線が都心乗り入れしていないという事情もあろうけど。
    ついでに鉄道事情と関係なく経営を続けていそうな観点も.