首都圏の私鉄がつくった遊園地 各社の様々な思惑とその歴史 多くが閉園した理由とは

戦後は規模を大きくして郊外へ 一方で大正期からの遊園地は衰退へ

 二子玉川園の例を見てみます。現在の二子玉川は、タワーマンションが立ち都内でも有数のお洒落な街となっていますが、たとえば1934(昭和9)年、玉川電気鉄道(後に東急が買収、現在の田園都市線 渋谷~二子玉川間などの地上を走っていた)は広告で、「幽邃境玉川!御遊覧は玉川電車で」とうたっています。当時の二子玉川付近は、春は花見、夏は納涼船、秋は栗拾いや芋掘りなどが楽しめる自然豊かな場所でした。

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かつて二子玉川園があった場所は2020年現在、高層マンションやショッピングモールなどになっている(画像:写真AC)。

 施設内容については京王閣の例を見ると、ドイツ風の大浴場、メリーゴーランド、プール、ミニゴルフ、バッテリーカー、動物園、各種遊具などがそろっています。

 戦後は、1950(昭和25)年に開業した「西武園ゆうえんち」を皮切りに、第二次遊園地建設ブームが訪れます。鉄道会社系では、西武系の「ユネスコ村」(1951〈昭和26〉年から1990〈平成2〉年まで)、「京急油壺マリンパーク」(1968〈昭和43〉年開園)、「小田急御殿場ファミリーランド」(1974〈昭和49〉年から1999〈平成11〉年まで)など、都心から離れた地に建設されていくのが特徴です。非鉄道会社系も、「東京ドームシティアトラクションズ」(旧称・後楽園ゆうえんち、1955〈昭和30〉年開園)、「横浜ドリームランド」(1964〈昭和39〉年から2002〈平成14〉年まで)、「よみうりランド」(1964〈昭和39〉年開園)など複数登場してきます。

 昭和40年代以降、多摩川を例にとれば河川汚染が進むなど、各地で風光明媚の魅力は減少し、大正時代からの遊園地が次々と閉園していきます。

 そして1983(昭和58)年、遊園地界に超ド級の黒船来襲、「東京ディズニーランド」の開業で「テーマパークの時代」を迎えます。「東武動物公園」(1981〈昭和56年〉開園)、「東武ワールドスクウェア」(1993〈平成5〉年開園)など、規模の大きい施設が誕生します。

 多摩川園は現在、田園調布せせらぎ公園、二子玉川園は「二子玉川ライズ」(タワーマンションなど)へと、時代に合わせて様変わりしています。

【了】

【写真】懐かしの「向ヶ丘遊園」の風景

Writer: 内田宗治(フリーライター)

フリーライター。地形散歩ライター。実業之日本社で旅行ガイドシリーズの編集長などを経てフリーに。散歩、鉄道、インバウンド、自然災害などのテーマで主に執筆。著書に『関東大震災と鉄道』(新潮社)、『地形で解ける!東京の街の秘密50』(実業之日本社)、『外国人が見た日本 「誤解」と「再発見」の観光150年史』(中公新書)』ほか多数。

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コメント

7件のコメント

  1. デ ィズニーと京成との関係に触れないのも不自然ではないか? 浦安の遊園地は米デ ィズニーの直営では無く、フランチャイジーは確か電鉄系列のデベロッパーだったはずだが。

  2. 名鉄以西の話はまだですかね。「ひらパーはTSUTAYA(創業者の祖父の会社)が作った」とかも面白いですよ?(T-SITE事業も触ってる会社の登記上本店は創業者祖父が手掛けた創業者氏実家だったりします。なかなか風情ある建物です)

  3. 閉園した理由が全く語られていない。羊頭狗肉。タイムリーな話題としてとしまえん閉園の理由くらいあってもよいのでは?何も取材していないことがよくわかる。

  4. 「黒船の東京ディズニーランド」って、京成電鉄がオリエンタルランドとして幹部人材を送り出して成り立った記述がないところや(OLCは民族系=日本企業であることを誇りとしている)、東武ワールドスクウェアがあってドリームランドやよみうりランド旧水族館閉園へのトリガーとなった横浜八景島シーパラダイス(西武鉄道・コクド主体で京急も当初出資)の記述がなく昭和にフォーカスしているあたり、残念ながらインタビューせず図書館にある社史をまとめただけなのかなぁと思いました。

  5. 西武が・・・と思ったらアレ埼玉になるのね。前駅は都内なのに。
    谷津遊園は子供の頃よく行きました。懐かしいね。

  6. これはまた粗末な記事ですね…

  7. 御殿場があるなら富士急ハイランドを挙げてもよいんじゃなくて?
    経営者の富士急行線が都心乗り入れしていないという事情もあろうけど。
    ついでに鉄道事情と関係なく経営を続けていそうな観点も.