駆逐艦「涼月」進水-1942.3.4 戦艦「大和」の水上特攻にも参加 奇跡の生還で同型最長寿

旧日本海軍の駆逐艦「涼月」が1942年の今日、進水しました。護衛任務に従事するなかで、アメリカ潜水艦から2度も雷撃を受けますが辛うじて帰投。戦艦「大和」とともに沖縄作戦にも参加しますが、満身創痍で生還を果たします。

戦艦「大和」ともに沖縄へ…

 1945(昭和20)年にもなると、制海権・制空権ともにアメリカ軍に握られていき、「涼月」も本土の軍港に留め置かれることが多くなりました。そのようななか、3月19日には呉が空襲を受けます。この時「涼月」は、同じく軍港にいた戦艦「大和」を護衛しています。

 その直後、「涼月」は最後の戦いとなる水上特攻を下令されます。「大和」などとともに、沖縄に上陸したアメリカ軍に対し、座礁させ砲台化した艦から砲撃を加えるという作戦でした。

「涼月」は4月5日、「大和」と軽巡洋艦「矢矧」、ほかの駆逐艦8隻と艦隊を組んで沖縄へ向けて出撃。しかし2日後の7日正午過ぎ、沖縄近海のアメリカ軍空母が発進させた艦載機の猛攻にさらされます。「涼月」は戦闘開始からおよそ30分後、艦橋至近に爆弾が命中。火災と浸水が発生します。

 2時間以上におよぶ激戦により、「大和」と「矢矧」、そして駆逐艦4隻が沈みましたが、「涼月」の姿は洋上にありました。しかし船体は大きく沈下、加えて前進ができないなど甚大な被害を被っていました。コンパスもまともに機能しないなか、「涼月」は本土を目指します。

 翌8日、満身創痍で「涼月」は佐世保に帰投。工廠では、すでに沈没したと思われていたといいます。ただし損傷が激しく、停泊できる最低限の修理を受けた後は、訓練に従事するなどして終戦を迎えています。

 戦後は復員船として使われることなく、その船体は北九州市若松区にある若松港の防波堤として転用されました。現在はコンクリートに埋没してしまったものの、案内板でその場所を伺い知ることができます。

【了】

【写真】受け継がれる「すずつき」――海上自衛隊の護衛艦

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コメント

1件のコメント

  1. 涼月の艦長は、私の祖母の兄でした。記事にしていただきお礼申し上げます。

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