「61式戦車」スイスにも? 日本と激似の戦車が同時誕生のワケ どちらも“侵攻しない”
二つの61とも戦場に行くことなく全車退役
Pz.61は、日本と同じく外国への侵略を意図しないスイスが独自に開発したMBTなので、61式戦車と同じく、自国内での運用に主眼を置いたコンセプトで造られています。たとえば、高速機動戦ではなく、定地防御的な運用を中心にすることや、敵をできるだけ遠距離で撃破できる能力などです。
そのため、当時すでに西側で広く普及していた90mm砲ではなく、より強力な最新の105mm砲をあえて採用したようです。そして、この105mm砲を採用したことが、61式戦車とのいちばんの違いであり、日本の61式戦車が戦後第1世代MBTに分類されるのに対して、Pz.61は同年生まれながら戦後第2世代MBTに区分される理由となっています。
しかし61式戦車には、Pz.61に対して大きなアドバンテージがありました。それは、前者は国産の12HM21WT空冷ディーゼル・エンジンを搭載しているのに対し、後者はメルセデスベンツ837というドイツ製のディーゼル・エンジンを搭載していたことです。「戦車の心臓」たるエンジンを国産化できるか否かは、まさにその国の戦車開発能力の指標というべきものです。
片や、国内どこでも道幅が比較的狭く曲がりくねっており、狭隘な山里に森林や耕作地が散在する山がちな地形が多い日本国内での運用に主眼を置いた61式戦車。片や、山がちではあるものの道幅も広く、山裾では、なだらかな傾斜の開豁地に田園地帯や森林が広がるスイス国内での運用に主眼を置いた設計のPz.61。この両車の登場当時の仮想敵はT-54/55となっていたため、90mm砲装備の前者にとっては少々手強い感はありました。
しかし、それはそれとして、戦車先進国からの導入ではなく、独自に戦車開発の途を選択した東西の「不戦の国」が、奇しくも同じ時期に開発着手し、同年に制式化されたという点に不思議な縁を感じます。そして、両車とも戦火を潜ることなく、全車その任を終えたのは、まことに喜ばしいことといえましょう。
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Writer: 白石 光(戦史研究家)
東京・御茶ノ水生まれ。陸・海・空すべての兵器や戦史を研究しており『PANZER』、『世界の艦船』、『ミリタリークラシックス』、『歴史群像』など軍事雑誌各誌の定期連載を持つほか著書多数。また各種軍事関連映画の公式プログラムへの執筆も数多く手掛ける。『第二次世界大戦映画DVDコレクション』総監修者。かつて観賞魚雑誌編集長や観賞魚専門学院校長も務め、その方面の著書も多数。
使用用途が同じならば、形が似てくるなんて事言いますもんね。