「皇帝の戦車」徒花と散る おもちゃ以上にはなれなかった「ツァーリタンク」の顛末

後からなら何とでもいえる、とはいうものの、帝政ロシアで試作された「ツァーリタンク」と呼ばれる戦車は、冷静に考えれば設計段階でいろいろと気付けたのではないでしょうか。戦車黎明期に咲いた一輪の徒花のお話。

そしてカタチとなってしまった鉄の巨躯 いざ試運転へ

 完成した試作車の試運転は、1915年8月27日にモスクワ郊外で行われました。車体重量は60tにもなったものの、第一次世界大戦当時のどの戦車よりも強力なエンジンである210馬力×2基を搭載していましたので、最初は森の木の枝をもへし折りながら前進し、見るものは感嘆しました。イギリスの「マークI」が全長9.91m、幅4.19m(雄型)、高さ2.49m、重さ28tで105馬力エンジン搭載でしたので、敵を恐怖せしめたというそれをもしのぐ巨躯に、倍の出力のエンジンを2基も搭載する「ツァーリ・タンク」の迫力は、圧倒的だったはずです。

 しかしその感嘆がため息に変わるまで、さほど時間は掛かりませんでした。地面のぬかるみに車輪が沈み込み、すぐに動けなくなってしまったのです。また尾輪が小さすぎ、重量バランスも悪く、荷重が掛かり過ぎていました。

 巨体の迫力はありますが、大きすぎて格好の標的になることは明らかですし、巨大なスポーク車輪も貧弱で敵の砲撃には耐えられそうにありません。ドイツ製エンジンをもってしてもパワー不足で、塹壕を乗り越えるどころか試験場の軟弱地で動けなくなる始末です。陸軍は兵器として不適と評価し、計画は中断されてしまいます。

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試験運転に失敗後、長期間放置されていたため、鋼材等がはぎ取られたという。

 その後より強力なエンジンに取り換えるなどしましたが、動かすことさえひと苦労で、試験場から出すこともできません。本物の戦車は、ゼンマイ仕掛けのおもちゃがカーペット上で本を乗り越えるようにはいかなかったのです。結局、試験場の森に放置されたままロシア革命の混乱の中で忘れられ、錆びた巨大な鉄の遺物は1923(大正12)年に解体されてしまいます。

 レベデンコがニコライ2世に贈呈したゼンマイ仕掛けのおもちゃは、ニコライ2世自身が保管していましたが、ロシア革命後、どうなったのかは不明です。戦車黎明期に生まれた巨大戦車は結局、皇帝のおもちゃ以上の意味は残しませんでした。「ツァーリタンク=皇帝の戦車」とはよく言ったものです。

【了】

【画像】こちらはマトモそうに見えるのに…「ツァーリタンク」の元ネタ「アルバ」

Writer:

1975(昭和50)年に創刊した、50年以上の実績を誇る老舗軍事雑誌(http://www.argo-ec.com/)。戦車雑誌として各種戦闘車両の写真・情報ストックを所有し様々な報道機関への提供も行っている。また陸にこだわらず陸海空のあらゆるミリタリー系の資料提供、監修も行っており、玩具やTVアニメ、ゲームなど幅広い分野で実績あり。

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