かつてあった「日本一短い鉄道トンネル」とは 湖に沈んだ不思議な“名物区間”は今
旧線とトンネル跡は今
それから9日後の18日夕刻、私は仕事の帰り道に車で立ち寄り、再び川原湯温泉駅周辺を訪れました。川原湯温泉~長野原草津口間に架かる「第三吾妻川橋梁」のワーレントラス橋は赤錆が目立ち、くたびれている様子。温泉街は移転が決まりひっそりとして、以前訪れた共同浴場「王湯」も閉館し、その源泉は新源泉と新たな共同浴場へ湯を供給するために閉鎖されました。
一方で移転先の川原湯温泉駅は、開業を間近に控えてほぼ完成しており、周辺の造成を行っている最中。将来は八ッ場大橋と同じようにダム湖を横断する橋「不動大橋」も竣工し、往来ができます。なお橋のたもとには道の駅がすでに開業したため、見物客が不動大橋を渡って目が眩みそうなほどの高さを体感していました。橋の欄干越しから遥か眼下に吾妻線の線路があり、ちょうど115系が走り去っていきます。八ッ場ダムが竣工して水位が上がれば、この光景も水の中へと沈むのです。
2019年、竣工した八ッ場ダムは試験的に水を貯めて安全性を確認する「湛水」(たんすい)を実施しました。吾妻線の旧線跡は水没し、第二、第三吾妻橋梁のワーレントラス橋は撤去されず水没となりました。試験湛水中に台風19号が襲い、一気に満水となる事態が発生したものの、試験湛水が終了した現在の八ッ場ダムは平常に運用されています。
岩島駅の先で分かれる旧線は遺棄されず、線路をそのまま残して自転車トロッコで体感できる「吾妻狭レールバイク アガッタン」として復活しました。美しい渓谷沿いの線路には橋梁とトンネルも残され、あの樽沢トンネルも自転車トロッコで走行できるのです。旧線が観光アクティビティへ活用された好例といえましょう。
これからは紅葉シーズン。自転車トロッコで旧線を堪能しながら、八ッ場ダムへ訪れるのもよいでしょう。体を動かして疲れたら、新しくなった川原湯温泉が待っています。
【了】
Writer: 吉永陽一(写真作家)
1977年、東京都生まれ。大阪芸術大学写真学科卒業後、建築模型製作会社スタッフを経て空撮会社へ。フリーランスとして空撮のキャリアを積む。10数年前から長年の憧れであった鉄道空撮に取り組み、2011年の初個展「空鉄(そらてつ)」を皮切りに、個展や書籍などで数々の空撮鉄道写真を発表。「空鉄」で注目を集め、鉄道空撮はライフワークとしている。空撮はもとより旅や鉄道などの紀行取材も行い、陸空で活躍。
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