史上最多? 驚異の「10人乗り巨大戦闘機」 が全然使えなかったワケ “武装に全振り”した結果
第二次大戦中のアメリカに、傑作爆撃機B-17ソックリの戦闘機がありました。機関銃18丁、おそらく史上最多の乗員数を誇る戦闘機ですが、なんと失敗作。どのようにして生まれ、なぜうまくいかなかったのでしょうか。
傑作機がベースなら派生型も傑作機になる?
未来がどうなるかを正確に予想することは誰にもできません。それは兵器の世界も同様で、世界大戦などでは、何が使えるのか、はたまた使えないのか、ともかく試してみて、よくできたものを採用するという事例が多々見受けられます。ただし、こうした取り組みは往々にして成功よりも失敗する結果の方が多いようです。
その心配の典型例といえるのが、アメリカ陸軍航空隊が試験的に実戦投入した異形の戦闘機YB-40でしょう。
YB-40は、一見するとアメリカが多用した傑作爆撃機のB-17「フライングフォートレス」によく似ています。それもそのはず、YB-40はB-17シリーズのF型を流用する形で開発された戦闘機仕様でした。
ただ、なぜ鈍重な爆撃機を戦闘機に仕立て直そうとしたのでしょうか。
そもそも、YB-40の開発は1942年に遡ります。当時、アメリカは第二次世界大戦に参戦したばかりで、イギリス本土の基地を拠点にドイツ空襲を始めようとしていた時期でした。
アメリカ陸軍航空隊のB-17は航続距離が極めて長く優秀な爆撃機でしたが、それゆえにB-17の作戦に追従できる護衛戦闘機が存在せず、目標上空ではドイツ戦闘機の迎撃を受け、致命的な被害を受けていました。
このような憂慮すべき事態に対し、アメリカ陸軍航空隊は一計を案じます。B-17に比肩する航続距離を持つ戦闘機がないなら、B-17で護衛戦闘機を作ってしまえばよいと。こうして生まれたのがYB-40でした。
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