旧日本陸軍「隼」 零戦の方がすごかったは本当か? ぶっちぎりの加速 連合軍も終戦まで警戒

旧日本陸軍の「隼」は、旧海軍の零戦とよく比較されます。火力、速度、航続力で零戦が上であるため「陸軍が零戦を採用していれば」とまでいわれますが、大戦後期まで連合軍戦闘機と互角に戦えた名戦闘機でもあります。

当初は不採用になりかけた

 旧日本陸軍の一式戦闘機「隼」。旧日本海軍の零式艦上戦闘機(零戦)に次ぐ、日本で2番目の多さとなる5751機が生産されました。運動性能が高く、航続距離が長く、機体規模も近い「隼」と零戦は、エンジンも同系統でよく比較される存在でもあります。

 実際「隼」を開発した中島飛行機と、零戦を開発した三菱航空機は、一世代前の試作機で競った関係性です。後の陸軍九七式戦闘機となった中島キ27と、海軍九六式艦上戦闘機の陸軍版である三菱キ33は実力伯仲で、両者の差はわずかでした。陸海軍パイロットが両者を乗り比べ、海軍パイロットは陸軍九七式戦闘機を評価したと伝えられています。

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旧日本陸軍の一式戦闘機「隼」(画像:サンディエゴ航空宇宙博物館)。

 陸軍航空本部による「隼」(開発時は「キ43」)の試作発注は1937(昭和12)年12月。最高速度500km/h以上、行動半径800km/h(航続距離2400km程度)、引込脚装備が求められました。九七式戦闘機の航続距離は627kmだったので、大きな飛躍です。

 この時期は欧州でドイツのBf109など、低翼単翼引込脚の高速戦闘機が出現し始めており、複翼機からは脱却したものの、固定脚の九七式戦闘機は登場時点で時代遅れになりかかっていたのです。

 陸軍は「隼」に、九七式戦闘機と同等以上の運動性能を要求します。エンジン出力を上げ高速にすれば運動性能は低下しますが、高速化と武装強化、防弾装備を求めたのです。試作機は1938(昭和13)年12月に初飛行したものの、制式採用は見送られ、再設計に追い込まれます。中島飛行機は1939(昭和14)年から1940(昭和15)年にかけ試作機、増加試作機を製作しつつ、エンジン換装を進めました。

 流れが変わったのは1940年8月。南方資源地帯を攻撃するために長距離戦闘機が必要ということで、「隼」に脚光が当たったのです。この際に機関砲が7.7mmから12.7mmに強化され、さらに行動半径1000km達成のために、落下式燃料タンクの装備が行われました。蝶型戦闘フラップ装備により、運動性能向上も図られました。

【写真】鹵獲、投棄… 無残な姿をさらす「隼」

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