日本戦車って軽くて弱い!? とらわれ続けた「15tの呪縛」とは アメリカ・ドイツはどうしていたか

重量物である戦車を船舶輸送するのは、今も昔も大変なことです。第二次世界大戦当時は、陸揚げ時の制約から各国15tに収める“呪縛”がありましたが、国力と技術力で打開したのがアメリカでした。一方、日本はどうだったのでしょうか。

日本は兵器も物資も船便が前提

 日本に1台も残っていなかった旧日本陸軍の九七式中戦車改が帰ってきます。NPO法人「防衛技術博物館を創る会」により、アメリカのテキサス州に保管されていた九七式改を里帰りさせるプロジェクトが進行中で、すでに譲渡契約は完了し、輸送費を賄うクラウドファンディングが実施されています。

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大発(上陸用舟艇)から上陸する戦車第十一連隊の九七式中戦車。大発は便利な船だったが外洋を航海することはできない(月刊PANZER編集部)

 ただ、実は戦車を船で運ぶというのは現代でも簡単ではありません。NPO法人ではこの貴重な戦車を無事に日本へ運ぶため、折衝と調整を繰り返しています。こうした動きを見ていると、80年以上前に、戦車を船で運ぼうとしたのは極めて大変だったことがうかがえます。

 戦艦「大和」のような超大型艦すら建造できる国力を備えていた日本ですが、戦車はどうして連合軍に対抗できなかったのでしょうか。そのひとつに、輸送船のデリック(動力巻上機付きクレーン)性能の制約が指摘されています。

 旧日本軍は渡洋外征軍であり、軍隊は船で運ぶことが大前提でした。当時のデリックの揚重能力は一部を除いて3~15tとされており、戦車に限らず多くの装備品がこの制約を受けることになりました。まさしく「15tの呪縛」です。

 重さ15t以内に収めなければならないことから、戦車に大きな主砲は搭載できず、装甲も厚くできなかったと言えるでしょう。当時は、いくら強力な兵器でも船で運べなければ無意味と考えられていました。制約された重量で機動性と火力、そして防御力のバランスをどう取るかは、設計陣から用兵側まで議論百出だったのです。そのようななか、旧日本陸軍の主戦場は中国大陸であり、相手となる中国軍には強力な戦車などなかったことなどから、メインは歩兵直協用で、軽くて速いことが優先されたと言えるでしょう。

重い戦車をどうやって運ぶ? 手順を見る(イラスト)

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