史上唯一!「音速を超えた水上機」ジェット戦闘機に“スキー板”を履かせた米軍の挑戦「異形の怪鳥」はなぜ消えたのか?

空母がまだ小さかった時代、アメリカ海軍は「海そのものを滑走路にすればいい」という驚天動地の発想で、ジェット水上戦闘機「シーダート」を開発しました。水上スキーで離水し、音速すら突破したこの“異形の怪鳥”は、なぜ歴史の闇に消えたのか。その数奇な運命を辿ります。

重荷」のフロートを捨てろ! 水上スキーで飛ぶ新発想

 こうした背景に基づいて、アメリカ海軍は1948年10月、超音速飛行が可能なジェット水上戦闘機の要求性能仕様を公示し、国内の各航空機メーカーに、その開発を打診します。

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車輪を付けて陸上基地で翼を休めるF2Y「シーダート」(画像:アメリカ海軍)。

 当時、コンヴェア社の設計技師アーネスト・スタウト率いるチームは、ドイツ人のアレキサンダー・リピッシュ博士の協力を得て、デルタ翼機の開発を進めていました。彼は、大戦で祖国ドイツが敗戦した際にアメリカ軍が実施した、各分野の優秀なドイツ人研究者を同国に招聘する「ペーパークリップ」作戦で渡米した、デルタ翼研究のパイオニアです。

 この優秀な技術者を抱えていたコンヴェア社は、双発でデルタ翼を備え、「重荷」となるフロートに代えて、水上スキーに想を得た格納式ハイドロスキーを装備した、社内名称「モデル2-2」という機体を提案。すると、アメリカ海軍は、同案をXF-2Y「シーダート」として採用しました。

 1952年12月14日、XF-2Yによる水上滑走テストが始まります。そして1か月後の翌1953年1月14日、コンヴェア社のテストパイロットであるエリス・デント“サム”シャノンが操縦桿を握った同機は、高速水面滑走テスト中に離水して約300mを低空飛行したものの、これは公式な初飛行とはなりませんでした。

 実はXF-2Yには、当初は暫定的に出力不足のJ34ジェット・エンジンが搭載されていたので、のちには、当初搭載が予定されていたアフターバーナー付のJ46ジェット・エンジンの試作型XJ46に換装されています。そして1953年4月9日、正式に初飛行を実施しました。さらに翌1954年8月4日、緩降下によって同機は音速を突破しましたが、これは現在でも、水上機による音速突破の唯一の記録となっています。

【写真】これが空を舞う「シーダート」の姿です(カラーで見る)

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