旧陸軍の「遺物」が現役…!? 使い勝手の良い鉄道連隊の「生き証人」、まだ身近に存在するかも?
旧日本陸軍の鉄道連隊が使用した貨車が、戦後80年以上を経た今も、日本の地方私鉄の車庫で“現役”として使われています。
使い勝手が良かった九一式・九七式貨車
旧日本陸軍鉄道連隊には、様々な専用車両が存在しました。作戦地域は中国大陸や東南アジアと広範囲にわたり、日本国内、ロシア、中国、タイ、ビルマなどの軌間に対応できるよう、車両には軌間改変機構も備わっていました。九一式と九七式貨車もその一つです。
九一式と九七式貨車は保線用台車のような外観で、台枠に2軸の車輪が備わります。長さが九一式6760mm、九七式7300mm、幅が九一式1940mm、九七式2500mmと、小さな貨車で、車軸にはボルト止めのスペーサーが咬まされており、対応する軌間用のスペーサーを装着して車輪を動かすことで軌間改変が可能でした。
九一式と九七式貨車のもう一つの特徴は、劣悪な線路状況でも難なく走行できるよう、車軸にボールベアリングが採用されたことです。両形式の貨車は小さいながらも、床板などをつなげてボギー貨車となり、資材だけでなく人員輸送にも活躍しました。
九一式と九七式貨車は数千両(約4000両ともいわれる)が製造され、国内外の作戦地域へと散らばりました。海外で使われた車両は終戦後、現地に遺棄されましたが、国内にも多くの車両が残されました。
戦後、軍の車両類は民間へ払い下げられ、あるいはなし崩し的に民間会社で使用されるケースが多々ありました。鉄道連隊の車両群もその例に漏れず、九一式と九七式貨車は使い勝手の良さから、国鉄と各地の私鉄で保線貨車として使われました。
これらの車両は他の保線車両と混在して運用されたり、客車の台車に転用されたりと、使用方法も多岐にわたって活躍しました。例えば1984(昭和59)年にナローゲージとしての営業を終えた西武鉄道山口線では、一部客車の台車が九七式貨車を転用していました。




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