鉄道・国道・高速「3本」が1か所にギュッ! 薩埵峠の“異常な絶景”が生まれたワケ
静岡市清水区の薩埵峠は、富士山と駿河湾を望む絶景スポットとして知られていますが、同時に鉄道や道路が密集する交通の要衝でもあります。なぜこの狭い場所にインフラが集中しているのか、その歴史的背景と現代における重要性に迫ります。
海を埋め立てながら広がった交通インフラ
こうした狭い地形のなかで、東海道の交通インフラは時代ごとに少しずつ拡張されていきました。
最初に近代インフラとして整備されたのは鉄道です。1889年に東海道本線が開通すると、日本の大動脈として大量輸送を担うようになりました。しかし、山側は急峻で勾配が厳しかったため、鉄道は海岸沿いを縫うように敷設されました。
その後、自動車交通が普及すると、旧東海道をベースに国道1号が整備されます。ところが、由比地区の旧来の国道1号は道幅が狭く、カーブも多かったため、物流量の増加に対応できなくなっていったのです。
高度経済成長期の1968年から1969年にかけて海側に東名高速道路が建設されましたが、その建設に伴う海岸整備によって海側空間が拡張され、その海岸整備を背景に、1970年代以降には富士由比バイパス整備も進められました。
つまり、薩埵峠周辺の密集した交通網は、「江戸時代の街道」「明治の鉄道」「旧道の国道化」「高度成長期の高速道路」という時代と共に交通網が拡充した結果であり、現在の絶景は歴史の積み重ねを象徴したものだといえるでしょう。





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