鳥居をくぐったら“キリスト教の教会”だった――かつての「日本」台湾に残る神社がゆる~くカオスな件 驚愕のリメイク版も!?
1895〜1945年の50年間、台湾は「日本」でした。今も台湾各地には日本統治時代の「神社」の遺跡が残りますが、一部は驚きのリメイクを遂げたものもあります。
「鳥居」をテーマにした喫茶食堂【鳥居喫茶食堂】
台湾製糖の企業神社の遙拝所があった場所をリノベーションし、「鳥居」をテーマにした喫茶食堂に“変身”を遂げたところがあります。
和式の太鼓や巨大な折り鶴のオブジェがある他、館内では有料で浴衣のレンタルサービスもあります。このことだけを見ると、誰かが独自に作った観光施設のように感じますが、その一角には神社らしい手水鉢が残っています。
(「鳥居喫茶食堂」南投縣埔里鎮公誠路86號)
日本統治時代最大の「抗日戦争」の舞台の一つ【徳龍宮(霧ヶ岡社遺跡)】
映画『セデック・バレ』で描かれた、日本統治時代最大の抗日戦争「霧社事件」の舞台の一つで、霧ヶ岡社(霧社神社とも)という神社があった場所が、今日では徳龍宮という孔子廟に変わっています。
今なお石段手前には真っ赤な鳥居があり、石灯籠の一部もありますが、神社の創建は霧社事件の収束直後の1932(昭和7)年でした。霧社事件によって亡くなった多くの日本人および味方蕃(帰順した原住民族)が合祀された神社でしたが、現在、その英霊は日本の靖国神社に移されていると言われています。
(「徳龍宮」南投縣仁愛郷大同村介寿巷36之1號)
戦後初めて、台湾に再興された神社【高士神社】
台湾南部・屏東県の山岳地に、原住民・パイワン族が暮らす高士村という村があります。1939(昭和14)年、この村の一角に高士祠という神社が創建され、地域の守護神として崇められていたそうです。日本人、パイワン族ともこの神社を信仰し、戦時中「生きて帰って来られなかったら、この神社で会おう」と、約束が交わされることがあったと言われています。
戦後、廃社となり、台風被害などで社殿がなくなっていたところ、地元有志の熱意に呼応した日本在住の神職・佐藤健一さんが中心となり「高士神社」として2015(平成27)年に再興。台湾人初の神職・黄俊瑜さんとともに例祭を行ったことで知られています。
(「高士神社」屏東縣牡丹郷高士村50號)





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