気付けば3本だけの「ひかりレールスター」 山陽新幹線のエース、その栄枯盛衰

山陽新幹線を代表する列車として活躍した「ひかりレールスター」が、ひそかに役目を終えようとしています。航空機からの顧客奪還という使命は、新しい列車たちが引き継ぐことになりそうです。

航空機の乗客を奪還せよ!

 山陽新幹線は東海道新幹線を延伸する形で建設されました。1972(昭和47)年3月に新大阪~岡山間が開業、1975(昭和50)年には博多まで開業して全通しました。当時は国内航空運賃も高く、東京~博多間、新大阪~博多間の高速化は歓迎されました。しかし、1986(昭和61)年ごろから国内航空の規制緩和が始まります。

 1987(昭和62)年に発足したJR西日本は、国内航空規制緩和による危機感から、山陽新幹線の魅力アップに着手します。1988(昭和63)年からは0系電車の普通車の5列シートを4列に改造した「ウエストひかり」を新大阪~博多間で運行。短い編成にする一方で運行頻度を高くし、待たずに乗れる便利な列車にしました。1993(平成5)年には山陽新幹線で「のぞみ」の運行も始まり、京阪神~九州北部間は山陽新幹線が優位でした。

 ところが、1998(平成10)年にスカイマークエアラインズ(現・スカイマーク)が羽田~福岡間に初就航し、翌年に伊丹~福岡線の運航を開始しました。スカイマークエアラインズは、機内サービスを減らす代わりに運賃を安くするという戦略です。しかしそれまで就航していた日本航空と全日空も値下げで対抗しました。結果、航空機が利用しやすくなり、山陽新幹線のシェアを脅かします。

 一方、「ウエストひかり」は増加した「のぞみ」を待避する必要に迫られ、所要時間が延びてしまいます。スピードの遅い0系のままでは航空路線の好調に対抗できません。そこで、当時の最新鋭車両だった700系を投入し、「ウエストひかり」のバージョンアップを図りました。こうして700系7000番台「ひかりレールスター」が誕生しました。

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コメント

4件のコメント

  1. ひかりレールスター時代は自由席が1~3号車、指定席が4~8号車で、サイレンスカーは4号車でした。

    記事の内容に誤記があります。

  2. 現状では自由席なのに2×2シートと2×3シートが混在するなど、「こだま」に格下げされてからは中途半端な扱い。自由席は全て2×2、指定席は2×1、コンセント全席設置とかしたらもっと利用があるだろうに。500系ともども、登場時は花形だったのが時期が過ぎると車両の扱いが中途半端なのがJR西の残念なところ。

    • ・・・はいはい。

  3. ひかり 運用に就くことがほとんどなくなっても 車両自体は こだま として運転されている。適切な時期に次の世代の車両に役目を譲ればいいこと。

    列車によっては個室席が締め切られているのは残念。個室席の需要がどれだけあるかわからないけれど、個室席乗車券の販売自体はしておけば少しは売り上げにつながるかもしれないのに。

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