いまはあり得ない? 冷戦期、西ドイツが考えたF-104「スターファイター」幻の運用計画

計画中止でも続いた西ドイツの憂鬱

 幸いにも、と言えるのかどうかはわかりませんが、あまりにも恐ろしいこのZELLは、試験が行われたのみで、1966(昭和41)年に計画がキャンセルされました。技術的にはほとんど問題はなく試験自体、順調だったものの、F-104Gを各地に分散配置するとメンテナンスが困難でありコストがかさむこと、また戦闘機ならまだしも核兵器の分散配置はセキュリティ上、現実的ではなかったなどの理由があったようです。

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西ドイツ製EWR VJ101垂直離着陸戦闘機。60年代は滑走路を不要とする垂直離着陸に対する要求が強く、ZELLもそのひとつの手段だった(関 賢太郎撮影)。

 こうしてZELLは計画中止となりましたが、ニュークリアシェアリングされたB43水素爆弾自体は、F-104Gにおいて運用され続けました。飛行場から普通に離陸してもなお、外国へ進出する余裕がなかった事実には変わりありませんから、結局、自国で核を使うことをも想定した、死なばもろともの「西ドイツ式国防術」は、現実的なシナリオであり続けました。

 西ドイツは冷戦期を通じて、「核の投げ合い」によって国自体が消滅する恐怖から逃れることはできなかったのです。もっともソ連側からしてみても、発進後わずか7分から8分で120kmを進出し(最低限、友軍の上空で脱出すればよいと割り切れば200km)、水素爆弾を放り投げて去ってゆくF-104Gは、阻止することが困難な恐ろしい存在であったに違いありません。

 ドイツ統合を果たし冷戦が終結した現代においては、「幸いにも」第3次世界大戦によるドイツの消滅は考えられなくなりましたが、米独のニュークリアシェアリングはいまなお続いており、低空進行能力に優れたトーネードIDS戦闘爆撃機がこれを担っています。

 人類滅亡という最悪の結末によって「最後の有人戦闘機」とならずに済んだF-104Gは、全機が退役、数十機が現存し博物館においてその翼を休めています。

【了】

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