【「平成」と乗りもの】規制だらけ、競争ナシだった日本の空にLCCが羽ばたくまで 次なる課題も
昭和の時代、規制で固められ価格競争もなかった日本の航空業界にとり、平成は激動の時代でした。新興キャリアが倒れては起き上がり、やがてLCC時代へ。飛行機が身近になっていきましたが、これ以上の安さは望めないかもしれません。
「価格競争」のスタートラインに立った平成元年
日本の空における平成30年間をあえて一言で凝縮すれば、「規制の時代が過ぎ去り、競争の時代が確立された時期」といえるでしょう。
昭和が終わる前の15年間は、国によって3つの航空会社がガチガチに事業分野を決められていました(いわゆる「45-47体制」)。ざっくりと、次のように分けることができます。
・JAL(日本航空):国際線と国内幹線
・ANA(全日空):国内幹線とローカル線、近距離国際チャーター
・東亜国内航空(のちのJAS〔日本エアシステム〕):国内ローカル線(将来的に国内幹線)
このなかで、いかに自分の権益を広げるかに各社が躍起となっており、ANAは少しでも長い距離の国際チャーターであるハワイを目指す一方、JALは香港線の中継地であった鹿児島~成田間の空席を埋めるだけという理屈で、ANAの領域である国内主要ローカル線への参入を狙うなどしました。「フィルアップライト」なる言葉が使われ、その認可を巡って国とANAがやりあったものですが、いまでは死語になっています。
このような規制によって、航空会社に対する利用者の選択の幅はないに等しく、また航空運賃も全社単一、すなわち航空会社コストを積み上げて4~5%のマージンを乗せたものを運輸省が認可する方式となっており、誰が運航していても国内航空運賃は同じだったのです。「一物一価の法則」は完全競争のもとでの経済理論(自由競争下において最終的に価格はひとつに帰結する、とするもの)ですが、皮肉なことに当時の完全規制下(非競争)の航空業界でも(政府の管理によって)そうでした。このような環境では、消費者が「競争の利益=安い価格」を享受することはできないのも道理です。
他方、1989(平成元)年は航空運賃の10%部分を占めていた「通行税」(ぜいたく税といわれ、鉄道のグリーン車やA寝台車にも課税されていた)が、消費税3%導入にあわせて廃止された年で、消費者が多少なりとも航空運賃の値下げで飛行機を身近に感じ始めたスタートラインという見方もできます。平成の終わりとともに、その消費税が10%になり元の鞘に収まるのは皮肉ではあるのですが。
>優秀な管制官とテクノロジーを羽田に結集し
なにこの作文。羽田の管制官は無能と言うためだけの作文なの?羽田の管制官に失礼だろ。撤回しろ。
何と言うか~手の施しようのない・・・
「羽田の管制官は無能」なんて言ってないでしょ
テストで成績の良い子供を集めて進学クラスをつくろうと言ってるだけで「他の子供の出来が悪い」なんて話はしてない
そういう曲解してムキになる連中が騒ぐから全体の管制能力が向上しないとよくわかるコメント
どの業界も視野の狭い組合が発展を阻害している
だから不作は出荷できないから濾すんでしょ?
如何に優秀な管制官を集めると言えど、所詮は人海戦術であり、限界がある。
この航空ビジネスナンとやらさんは、如何なる余裕さえも認めないという方針のようだが、民営化したところで人海戦術以上のことは出来ないんじゃないか。
人命に関わることなのだ。
シュミレーターゲームと同一視してやいないだろうか?
"羽田の管制官は無能"とか"如何なる余裕さえも認めない"とか、曲解して反対する人の多いこと
この手の人は生まれた時代が違えば飛行機なんて危ないと民間航路自体に反対していたと思う
「羽田空港に国際線はともかく国内線LCC」ってチャンチャラおかしいわ。LCCなんて空港利用料金ケチるためにその都市圏第2,第3の空港を使い、詰め詰めにしてそれこそターンアラウンド4,50分圏内で着陸して離陸していくんだからこそ安価な運賃実現できてるんだけどな。例えばJetBlueは確かにニューヨークではジョン・F・ケネディ使ってるけど、太平洋側はロングビーチだしな。
国内線で羽田を拠点にしてLCCやったら北九州とか神戸線になってそれこそJALANAともかくスタフラやスカイマーク潰しにしかならんし、JALANA本体やスタフラ、AirDo、ソラシド、FDA、JTAなんかですら儲かりそうにない路線をJALならJetstar Japan、ANAならPeachで置き換えるだけですがな……。