平成の新幹線、どれだけ速くなった? 昭和の研究結実、360km/h運転は令和へ持ち越しに

昭和時代のスピードアップ研究が平成時代に結実

 平成時代に入り、JR東日本は1990(平成2)年3月、上越新幹線の大清水トンネルの下り勾配という非常に限定した区間ながら275km/h運転を開始。JR東海は1992(平成4)年、東海道新幹線に新型の300系電車を投入し、270km/h運転の「のぞみ」がデビュー。JR西日本は1997(平成9)年に500系電車を使用して山陽新幹線で300km/h運転を始めるなど、それまで止まっていた時が動き出したかのように、次々とスピードアップが実現していきました。

Large 190402 tec 02

拡大画像

JR西日本は500系電車を投入。山陽新幹線で初の300km/h運転を開始した(2011年10月、恵 知仁撮影)。

 その後、東北新幹線は2013(平成25)年に320km/h化、東海道新幹線は2015(平成27)年に285km/h化を達成。1989(平成元)年と比べて、東北新幹線は+80km/h、東海道新幹線は+65km/hの速度向上を果たしたことになります。

「さすが民営化効果」と言いたくなるところですが、それは半分正しく、半分誤りです。それまで国鉄が手をこまねいていたわけではなく、試験車両を用いた速度試験で1972(昭和47)年には286km/h、1979(昭和54)年には319km/hの速度記録を樹立するなど、新幹線の高速化に向けた研究は古くから行われていました。平成に実現したスピードアップの基礎は、昭和の時代に築き上げられたものだったのです。

 山陽新幹線が全線開業した1975(昭和50)年、東京~広島間の新幹線のシェアは95%近くにも達していました。しかし、これをピークに東海道・山陽新幹線の利用者数と平均乗車キロは減少を始めます。航空機利用が一般化するにつれて長距離旅客は徐々に航空シフトを強めました。東京~広島間の新幹線のシェアは1980(昭和55)年には85%、1985(昭和60)年には70%まで低下。国鉄の旅客収入の3分の1を占める稼ぎ頭であり、命綱でもある東海道・山陽新幹線の競争力向上は大きな経営課題となりました。

テーマ特集「【新幹線特集】最新の新幹線事情から運賃・料金、ネット予約、快適移動の乗車術まで徹底紹介」へ

この記事の画像をもっと見る(4枚)

最新記事

道路交通情報(外部サイト)

  • 「最新の交通情報はありません」

コメント

3件のコメント

  1. グランドひかりは騒音でダメ出しだったのか!
    確かに同じ主要駅のみの停車駅でも東京から博多で最速列車ではなかったし
    、でもあの食堂車が好きだったが時代と速度の進化では仕方のないことなのかな、寝台あさかぜ、博多を観光してグランドひかりで帰る行程をよくやったもんだけど、確かに今の700系グループは加速良し、減速良しだからね
    一部のこだまに0系や100系が残っていた時代は速達列車にも影響が出たとも聞いたし、しかしデザイン的には0系と300系が好みだが山陽新幹線のトンネルコンクリート片落下では空調システムが天井に配置されていた0系が幸いしたと聞いたが、やはり0系最強?w

  2. その「進化」で、高速道路の制限アップも一緒にしてもらいたいね
    これから自動化が進めば、事故も減ってスピードアップしても増加したりしないだろう
    電車が早くなったように日本中の100km/h区間も120km/hにしてもらいたいね

    • 何と愛でたいコメントだことよw