戦車+重装甲=最強! が過ぎると? ポルシェ博士と独裁者の異常な超重戦車「マウス」

実際に作ってみたら案の定…その後の「マウス」

 2台の試作車はドイツ陸軍のクーマンスドルフ車輌試験場で実施された試験に臨みますが、案の定、期待されたような性能は発揮できません。何とかものにしようと、さらに突っ走るのも技術者の性でしょうか、色々いじくりまわしたポルシェ博士でしたが、そのあいだにドイツはどんどん劣勢となります。貴重な資源を浪費することができなくなり、さすがのヒトラーも「マウス」の開発放棄を、1944(昭和19)年11月1日に決定します。

 試作車はクーマンスドルフの倉庫でほこりをかぶっていましたが、いよいよソ連軍が迫ってくると、試作車と製造途中で放棄されていたパーツ類を組み合わせて何とか再稼働させ、1945(昭和20)年4月、ベルリン防衛戦に引っ張り出されます。しかし128mm砲は火を吐くことも無く、機関系の故障で戦わずして放棄され、ソ連軍に鹵獲されます。ソ連に移送後の情報は無く、そのまま長年、幻の超重戦車となっていました。

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クビンカ戦車博物館に展示されているマウス。戦車というよりトーチカといった印象で、人と比べても大きさが分かる(2016年8月2日、月刊PANZER編集部撮影)。

 1980年代後半、ソ連のグラスノスチ(情報公開)により流れた、モスクワ郊外のクビンカ戦車博物館に「マウス」が現存しているとのニュースは、西側軍事筋を驚かせました。1994(平成6)年発行の、同博物館の展示品年鑑では最後のページに記載されています。2020年現在もクビンカ戦車博物館に保管展示されており、だれでも見ることができます。

 最も成功した大衆車といわれる「フォルクスワーゲン・ビートル」を生んだのと同じ独裁者と天才技術者のコラボが、ベクトルの方向を間違えるとこんなにも成果物が変わるのかと、興味深いものがあります。

【了】

【写真】やはり用には堪えなかったか 地面に沈み一大事の「マウス」 ほか

Writer: 月刊PANZER編集部

1975(昭和50)年に創刊した、40年以上の実績を誇る老舗軍事雑誌(http://www.argo-ec.com/)。戦車雑誌として各種戦闘車両の写真・情報ストックを所有し様々な報道機関への提供も行っている。また陸にこだわらず陸海空のあらゆるミリタリー系の資料提供、監修も行っており、玩具やTVアニメ、ゲームなど幅広い分野で実績あり。

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コメント

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2件のコメント

  1. >主砲128mmといえば巡洋艦の主砲並み

    いや、駆逐艦程度でしょう

  2. 大同少尉殿、そんなものはガラクタに過ぎん。ところで特殊鋼の結晶の秘密はどうやら理解していないな。しかも安来十神山の古い秘密の名前は解明しきれていないようだね。ほら・・・あるじゃないか不完全ながら古事記に記された王家が。それでは臣下の礼は忘れずに尽くすこと、これこそが世界の産業を支配する制空権なのだ、さらばだ。