技術屋の理想&ドイツ空軍のムチャ振りに泣かされた悲運の爆撃機「ハインケルHe177」

戦略爆撃機として開発されるも戦況がそれを許さず

 かくしてHe177には、「グライフ」の愛称が付与されます。これは頭が鷲、体が獅子という伝説上の生き物、すなわち「グリフォン(鷲獅子)」のことを指すドイツ語です。

 本機は当初、洋上攻撃任務に従事。そのなかで、世界初の実用空対艦ミサイルであるヘンシェルHs293の運用能力が付与された機体も一部ありました。また第2次世界大戦のヨーロッパ戦線における分岐点となったといわれる「スターリングラードの戦い」では、輸送機とともに同地への空輸任務にも従事しています。

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ドイツ空軍のハインケルHe177「グライフ」爆撃機(画像:イギリス帝国戦争博物館/IWM)。

 He177は1200機弱作られたそうですが、本格的に運用を始めたころにはドイツが劣勢となっていたことなどから、アメリカやイギリスの4発重爆撃機のように大編隊を組んで敵国の中枢部を爆撃するという、戦略爆撃機としての本来の任務に投入されることはありませんでした。とはいえ1944(昭和19)年初頭には、イギリス本土に対する嫌がらせ規模の夜間爆撃作戦「シュタインボック」に出撃しており、戦略爆撃機としての運用が全く行われなかったわけではありません。

 しかし、実戦への投入後もエンジン・トラブルはついて回ったようで、エンジンに起因する火災で失われた機体は、他の機種に比べて多かったと伝えられます。この問題を解決するには、構造が複雑な双子エンジンを用いた4発化に見切りをつけ、単純にB-17やB-29、アヴロ「ランカスター」のようにエンジン4発を主翼に並列搭載すればよいだけのことでした。実際、ハインケル社もそのように構造を大きく改めたHe277を計画し、開発は部分的に進められたものの、戦局の悪化により、結局、部分開発の段階で断念されています。

 このように、グライフはせっかくドイツ空軍初の戦略爆撃機として開発されたにもかかわらず、メーカーの技術者が航空機としての理想を追求し、あげくドイツ空軍が急降下爆撃能力を要求した結果、必要な時に間に合わなかった、悲運の機体といえるでしょう。登場時期が大幅に遅くならなければ、本来の任務である戦略爆撃で、違う戦果を挙げることができたかもしれません。

【了】

【写真】爆弾倉オープン&エンジン交換作業中のHe177

Writer: 白石 光(戦史研究家)

東京・御茶ノ水生まれ。陸・海・空すべての兵器や戦史を研究しており『PANZER』、『世界の艦船』、『ミリタリークラシックス』、『歴史群像』など軍事雑誌各誌の定期連載を持つほか著書多数。また各種軍事関連映画の公式プログラムへの執筆も数多く手掛ける。『第二次世界大戦映画DVDコレクション』総監修者。かつて観賞魚雑誌編集長や観賞魚専門学院校長も務め、その方面の著書も多数。

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