B-29より影響大? マッカーサー元帥も乗ってきたC-54輸送機と日本の浅からぬ関係

C-54輸送機と聞いてもあまりピンと来ないかもしれませんが、マッカーサー元帥が厚木飛行場にやってきたときの乗機といえば、絵面が思い浮かぶことでしょう。その原型機DC-4とあわせ、WW2前後を通し何かと日本に縁のある飛行機でした。

B-29の作戦行動を支え 旅客機として日本へ

 当時、アメリカ本土からサイパン諸島への輸送船による海路輸送は数週間を要しました。大型飛行艇も空輸や連絡に使われていましたが、そうしたなかで、荷役や運用の使い勝手がよい大型陸上輸送機が投入できたことは画期的でした。

 C-54を使えば、カリフォルニア州サクラメントの航空機材料廠からハワイ経由でサイパンまで、2日で補給品を空輸できました。B-29の作戦行動は、このC-54による補給線で支えられていたといってよく、もしC-54が無かったらB-29の稼働率はもっと低くなり、日本の被害も少なかったかもしれません。

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フランクリン・ルーズベルト大統領専用機として改造されたC-54「the Sacred Cow(聖なる牛)」号。

 C-54はその信頼性の高さからVIP専用機としても使われ、フランクリン・ルーズベルト大統領専用機にもなりました。そして終戦後、日本占領軍司令官として乗り込んできたダグラス・マッカーサー元帥も専用機として使ったのです。

 停戦後、日本の河辺虎四郎中将以下の停戦交渉団がマニラに向かう際に差し向けられたのもC-54でした。

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厚木基地に降り立ったマッカーサー元帥と幕僚。背景にC-54「バターン号」が見える(画像:アメリカ国立公文書館)。

 マッカーサー元帥の乗機には「バターン号」と名づけられていますが、これは日本軍のフィリピン侵攻作戦で捕虜となったアメリカ軍将兵が移送の際に多数死亡した、いわゆる「バターン死の行進」から取ったものです。復讐心が込められているようで、日本人としては複雑な思いになります。

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C-54に乗り込む停戦交渉団長の河辺虎四郎中将(中央)。1945年8月19日、琉球諸島の伊江島飛行場にて(画像:アメリカ海軍)。

 終戦後、C-54はジェット機の急速な導入と軍用輸送機需要の縮減によって、1947(昭和22)年には生産が終了します。しかし、信頼性が高く使い勝手も良かったことから旅客機として各国に払い下げられ、日本でも1951(昭和26)年にエアラインが復活すると、日本航空がこれを導入、戦後復興のシンボルとして記念切手も発行されます。C-54は日本にとって単なる航空史以上の、歴史の1ページを飾る飛行機です。

【了】

ミスマッチ…ではない 日本の切手に描かれたDC-4と五重塔

Writer:

1975(昭和50)年に創刊した、50年以上の実績を誇る老舗軍事雑誌(http://www.argo-ec.com/)。戦車雑誌として各種戦闘車両の写真・情報ストックを所有し様々な報道機関への提供も行っている。また陸にこだわらず陸海空のあらゆるミリタリー系の資料提供、監修も行っており、玩具やTVアニメ、ゲームなど幅広い分野で実績あり。

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