正義貫いた方が痛い目見た 沈めた船の生存者めぐり大問題に「ラコニア号事件」の顛末

あってないようなものだったハーグ条約

 ただ、前出したドイツ潜水艦U-156の行動には、実は歴史的な背景がありました。順を追って解説してみましょう。

 ヨーロッパ諸国の海軍や私掠船(海賊船)が入り乱れて争った大航海時代、貿易船の積荷をめぐる争奪戦がたびたび起きたことから、所有権を規定する条約ができます。やがて、それが発展し、のちの海事法になっていきました。それを包括的にまとめた多国間の戦時国際法が、1899(明治32)年と1907(明治40)年にできたハーグ条約でした。この条約の一部には交戦国の船員や負傷者への対処、捕獲権などが規定されており、「ラコニア」号事件の際のU-156はこれに従って動いていたのです。

 ヨーロッパでは古来、陸戦や海戦を問わず、戦争捕虜は人質として身代金を要求する慣習がありました。そこで、ハーグ条約には人道的な立場から捕虜の保護を成文化した条項が盛り込まれています。

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サンナゼールの基地に帰還したUボートを出迎えるドイツ海軍のデーニッツ司令官(画像:ドイツ連邦公文書館)。

 やがて、第1次世界大戦中になると、警告なしで無制限に攻撃する潜水艦作戦が始まりますが、輸送船に乗る民間人と戦闘員の区別は難しく、第2次世界大戦では最初から実質的な無制限潜水艦作戦へと突入し、ハーグ条約を遵守しないという状況に至りました。

 そんな状況だったにもかかわらず、ドイツ潜水艦U-156のハルシュタイン艦長が規定を守ったのは、ドイツ海軍の微妙な立場が影響しています。当時、ドイツ軍は陸軍が主導していました。ヒトラーは第1次世界大戦において陸軍伍長だったこともあり、国防軍最高司令官に就任した後も戦争指導は陸軍中心で進められていました。また、ヒトラーが率いるナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)が政権をとった後に創設された空軍は、ヒトラーの側近ゲーリングがトップでした。

【写真】「ラコニア」号事件の主役 ドイツ潜水艦U-156の姿

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コメント

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2件のコメント

  1. ちょうど今、現在進行形で戦争犯罪をやっても勝てば罪に問われないと戦争犯罪やってる国がありますよね。

  2. ・U-156の生存者は11名とあるが実際は生存者なし(撃沈直後生存者がいたが救助は成功しなかった)
    ・デーニッツはラコニア命令に関しては無罪となっており、有罪はまた別の理由である