「新横浜の私鉄」誕生まで60年もかかったワケ【後編】 ラブホ街に交錯した市と3私鉄の思惑

相鉄・東急新横浜線の開業により、新幹線を含め5社局5路線が乗り入れるようになった新横浜駅。後編では長らく私鉄が通らなかった理由について、バブル経済の頃から見ていきます。

実は西武の持ち物がたくさんあった

 こうして横浜アリーナが1987(昭和62)年に着工し1989(平成元)年4月に開業、新横浜プリンスホテルが1988(昭和63)に着工し1992(平成4)年に開業。このほか、1990年代始めにかけて新横浜西武ビル、新横浜プリンスペペ、新横浜スケートセンターなどが相次いで開業しました。

 西武グループの一大根拠地となった新横浜でしたが、皮肉にも大規模投資が形になる頃にはバブル経済は崩壊しており、目論見通りには行きませんでした。

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画面中ほどが日産スタジアム。新横浜駅は写っていないが、位置は画面左下あたり(画像:写真AC)。

 1990年代後半の新横浜といえばスポーツの街というイメージではないでしょうか。テニス、バスケットボール、バレーボール、格闘技などの会場となる横浜アリーナに加え、1992年には障害者スポーツ文化センター「横浜ラポール」、1998(平成10)年には2002(平成14)年のワールドカップ決勝の舞台となった横浜国際総合競技場(現在の日産スタジアム)、横浜市スポーツ医科学センターがオープンしました。

 遠方からの来訪者が増えるにつれ、東海道新幹線でも新横浜の地位は向上していきます。1992年3月に運行開始した「のぞみ」は、下り一番列車のみとはいえ新横浜に停車し、その後も増便とともに停車する列車が増えていきます。最終的には2008(平成20)年のダイヤ改正で、「のぞみ」「ひかり」の全列車が停車するようになりました。

 さてその頃、1985年の運輸政策審議会答申第7号に登場した、二俣川から新横浜、大倉山経由の東急東横線直通と、川崎経由で羽田空港方面に向かう「神奈川東部方面線」は新たな局面を迎えていました。

【路線図】全部実現してたらすごい!? 答申第18号の計画線

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