【懐かしの私鉄写真】電車のるつぼ! 元・小田急 相鉄 営団 静鉄 買収国電…車両がひしめいた日立電鉄 院電の動態保存も

茨城県の日立電鉄には、改造車も含め各社からのお下がりが大量に在籍していました。1967年6月のツアーでは通常非公開の電動貨車へ立ち入れたほか、鉄道院時代の車両の走行シーンまで撮影できました。

この記事の目次

・鉄道博物館の収蔵車両が動いていた頃

・出自は実に様々

・およそ20年後に再訪 ワンマン化で印象が変わった車両も

・原型の面影がなくなったモハ1002

【画像枚数】全30点

鉄道博物館の収蔵車両が動いていた頃

 1967(昭和42)年6月4日、鉄道友の会東京支部主催のバスツアーは前日夜に東京を出発し、当日は朝に国鉄常磐線で撮影をしてから平機関区を見学。昼からは日立電鉄の沿線2か所で撮影というコースでした。

 今はなき日立電鉄、このとき最初に訪れたのは大甕~久慈浜間だったと思います。通常の列車のほか、特別に電動貨車も運転され、貴重な走行シーンを記録できました。その後、常北太田に移動し、構内に留置されている車両を撮影。ここでも通常は非公開の電動貨車の車内に入れるという特典がありました。

 2度目の訪問となる1988(昭和63)年7月31日は単独行動で、主目的は海水浴臨の「快速あじがうら号」と「大洗エメラルド号」に乗ること。昼間の空いた時間に日立電鉄へ足を延ばし、この時は常北太田~鮎川間の全線に乗車しています。約20年を経ても在籍車両の7割方は同じで、車体更新やワンマン化などでかなり形態が変化した車両もありました。

 撮影できた形式はほとんどアップしていますが、1967年の撮影はハーフ判のカラーポジなので画質が悪く、退色もあることをご承知おきください。

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モハ9形は1943年製の自社発注車。14m級の小型車で、2両が在籍していた。両運転台で運転室は片隅式、車掌側には乗務員用扉がない(大甕~久慈浜/1967年6月4日、楠居利彦撮影)。
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モハ11形は大甕~鮎川間の開業に対応して1948年に新製された。営団地下鉄銀座線用車両の注文流れというのが定説だが、物資不足の時代に中小私鉄が新車を手配できたのは、経営権を握っていた日立製作所の影響力が大きかったと考えられる。足回りはモハ9形と同じで、車体は16m級と大きくなった(大甕~久慈浜/1967年6月4日、楠居利彦撮影)。

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Writer:

1946年、東京生まれ。中央線の沿線で育ったので、鉄道は複線で電化され、長編成の電車が頻繁に走るものと認識している。鉄道誌の創刊に関わり、車両データ本の編集を担当した。趣味は鉄道模型製作。

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