この低さ“人間用”ですか!? 「非常識に低すぎる鉄道ガード」なぜできた? 実は“便利”かも

線路を横切る際に便利なガード。一般的には人やクルマが通行できますが、千葉県にはそんな常識が通用しない、まさに規格外なガードが存在しました。

近くに踏み切りあるのにナゼ? ヒントは昔の航空写真に

 首尾良く反対側に通り抜け、4段の階段を上がると道路にでます。道路との境には黄色く塗られたポールが立てられ、クルマや自転車の不用意な進入に注意喚起しています。

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電車の往来は、上り下り合わせ日中は1時間に6本ほど、朝夕のラッシュ時は10~12本ほど(植村祐介撮影)。

 通常、こういった低すぎるガードには「高さ制限」や「車両進入禁止」といった規制標識が付きものですが、このガードには「とても通れそうにないこと」が一目瞭然のためか、その類いの標識はありません。

 ガード下を出て線路沿いを長浦駅方面にさらに歩くと、約90mで「大河岸踏切」です。この踏切は道路より高いところを走る内房線に合わせスロープが設けられ、二輪車と歩行者のみ通行可能と、市原警察署とJR東日本千葉保線技術センターの連名による看板で案内されています。

 つまりこのガードからは、どちらの方向にも線路に沿って1~2分歩けば踏切があり、歩行者は反対側に渡ることができます。また内房線のこの区間は運転本数も多くはなく、ふたつの踏切が“開かずの踏切”というわけでもありません。

 なぜこうした環境で、この地面を掘り下げたような窮屈なガードが生まれ、いまだに存在してるのでしょうか。

 現在は駅近の住宅地が広がるこの地域は、1970年代~80年代まで、ほぼ農地でした。その時代の航空写真を見ると、このガードをくぐる用水路らしき影が見えます。つまりこのガードは、そもそも用水路とその側道を通すために作られたのでしょう。そしてその後、周辺が宅地化されるにあたり、地盤がかさ上げされ、このとき用水路は暗渠となりました。こうした地盤の改良が、線路沿いの道路とガード下の路面との高低差を生んだと考えられます。

 そしてこのガードと浜町踏切の間の線路南側は袋小路だらけで、また大河岸踏切との間の線路南側は大きなお寺の敷地となり、線路と並行に歩いて通り抜けられる道がありません。そのためこれらの踏切を使うと、線路の北側から南側の住宅地まではかなりの大回りを強いられます。これが、このガードがいまだ交通に供されている理由ではないでしょうか。

 なお、こちらを訪ねる際は、天候のいい日をおすすめします。傘を差しての通り抜けは困難で、雨天時はずぶ濡れになる覚悟が必要でしょう。

【想像以上に低い!!】通ってみた(写真)

Writer:

1966年、福岡県生まれ。自動車専門誌編集部勤務を経て独立。クルマ、PC、マリン&ウインタースポーツ、国内外の旅行など多彩な趣味を通し積み重ねた経験と人脈、知的探究心がセールスポイント。カーライフ系、ニュース&エンタメ系、インタビュー記事執筆のほか、主にIT&通信分野でのB2Bウェブサイトの企画立案、制作、原稿執筆なども手がける。

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コメント

2件のコメント

  1. 広告がじゃますぎます

    記事がまともに読めません

  2. ガードの銘板に~避溢橋とかいてありませんでしたか? そうであればその名の通り溢水対策であって、ヒト用というより水害避けです。